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高等遊民?

退職生活の1か月が終わった。

いやぁ、
どうなるかと思ってたけど、
おかげさまで本当に楽しく、
心地よくすごさせてもらった。

帰りの決まっていない旅に出る夢は
一時延期ということになったけど、

サイクリングやウォーキングで身体を動かし、
クラッシックを聴きながら、
あるいは日光浴をしながら本を読み、
気まぐれに楽器をさわり、
少々家事をして、
友人や「教え子」たちと酒を飲む日々。

こんなにゆったりと優雅に過ごさせてもらったのは、
それこそ人生で初めてかもしれないな。

先日、
サプライズ同窓会をしてくれた「教え子」が言ってたっけ。

「先生、高等遊民ですね」

けど、いつまでもこれが続くわけじゃないよな。

もうすぐ育ジイ家業も加わるんだけど、
それが一段落したら次のこと考えようか。


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はずれ

今日は南に向かって走った。

調べもせず、
行き当たりばったりで走るもんだから、
今日のコースは
自転車を降りて歩道橋を押し上げるようなところばっかり。

自転車乗りって、
基本的に降りるのがイヤなんだよね。

それにしてもこの国の道路行政って、
歩行者や自転車を完全に無視してる。
ひたすら車優先だ。

南の方に行くと車の運転も荒くて、
邪魔な自転車への嫌がらせもたびたび。

そんなわけで、
今日の2時間は全然楽しくなかったよ。

遅すぎる反省

普通、
同窓会をしようというのは6年生の学級である。

でも、
明後日、同窓会を開いてくれるのは、
3,4年生を担任したクラスなんだよ。
うれしいね。


今日、裏の物置をあさった。
そこには36年間で担任した全てのクラスの
思い出の品が保管されている。

どこだどこだ?

見つかった!

「1983~84 3年4組 4年4組」
と書かれた箱。

箱の中には、
写真、作文、班日記、学級通信・・・・。

タイムカプセルだね。
32年間眠っていた。

ぼくはまだ20代だ。

うーん、
班日記に朱書きしてある自分のコメントを読んでみると、
信じられないほどきついこと書いてるよ。

時代のせいか若気の至りか、
よくこんな先生を3分の1世紀も慕い続けてくれてるなぁ。

ありがとう!

明日に向かって撃て

これが定番になってしまうかも。
山ちゃんのたこ焼きで路上呑み。


今夜はヒメ、メグと呑んだ。
最強の3人だと思う。

この3人なら何でもできると思う。
3人がそこにいるだけで、
それでいい。

ホントは何もできないけど、
それでいい。

君たちは最高だし、
君たちといるとぼくも最高になる。

それでいい。

雨天休業

今日もイヤな雨だね。

雨だと日課にしている
ウォーキングにもサイクリングにも出られない。

晴耕雨読なんて言葉があるが、
ぼくの場合晴れても耕さないし、
降っても照っても読んでいる。

耕すかわりに外へ出てるのにさ、
それができないから
雨の日は「お休みの日」である。

毎日が日曜日とは言え、
「お休み」が続くのはよくないな。

今年は梅雨が早いそうだけど、
梅雨時の対策を考えないとね。

雨ときどき娘の親

親が言うのも何だが、
チッぺは頑張り屋さんで、
明るいし弱音は吐かない。

が、ごくたまに、
心がとてももろくなるのか、
何かが突き刺さってしまうのか、
堰が切れたように泣くことがあって驚かされる。

今日はそんな日だったようだ。
ぼくの前では8年ぶりくらいかな。

突然哀しくなってしまったようだ。

外出から帰ってきたと思ってリビングに降りてみたら、
電気もつけずに立ち尽くして泣いてるもんだから、
びっくりしてとにかく抱き締めた。

泣きじゃくる娘をよしよししながら、
何か大変なことが起こったわけじゃないことがわかって
ホッとしたんだけど、
娘を抱き締めて慰めるのなんか、
小さかったころ以来かな。
前回の記憶がない。


チッぺは心が痛くて泣いたんだろうけど、
ぼくはちょっと父親みたいで幸せだったぞ。

危険なマサイ

ピラミッドは砂漠の真ん中にある
っていうのは思い込みで、
実際にはピラミッドのすぐそばを自動車道が走ってたり、
リゾートホテルがあったりするらしい。

イメージが操作されてるんだね。

そのことは知ってたけど、
「マサイ族」のことは知らなかった。

ヤリみたいな棒を持ってピョンピョン飛んでるイメージだけど、
実は携帯電話をみんな持ってるし、
都心部でスーツ着てビジネスに従事し、
週末だけ村に帰るなんて人も多いらしい。

民族衣装を着るのは観光客の前だけという噂も。

無知なぼくは知らなかった。

でも、考えてみたらそうだよね。

これだけ露出があるのに、
昔ながらのくらしを守り続けてるなんて、
勝手な思い込みだと気づく。

日本人がちょんまげ結って刀を差している、
っていうのとおんなじだ。

間違ったイメージに左右されないだけの、
冷静な判断力を持ちたいものだね。

垂れ流されるイメージに乗せられてたら、
相手に対して失礼だったり、
下手したら自分のいのちが脅かされたりするよ。

この国の報道も、
だんだん危なくなってきてるからさ。

25マイル

『500マイル』を口ずさみながら、
今日は25マイル走ってきた。

守口市まで北上し、
淀川沿いの自転車道を気持ちよくを戻ってたら、
行き止まりってなんだよ!

大川沿いを南下して大阪城を眺め、
四天王寺さんのカメの池見て帰ってきた。

しんどー!
ケツいてぇ!
それでもたった40キロかぁ。

フルマラソンのランナーって、
すげぇ!


光の中で

紫外線はよくないって言うけど、
日光を浴びるのがとっても好きだ。

テラスのテーブルセットが古くなったので、
新しいデッキチェアを買った。

安物なんで耐久性に不安はあるけど、
座り心地はなかなかいいぞ。

ここで日光浴しながら本を読んで、
たまにはビールもあおるのが至福の時。
夏になったら
孫たちがビニルプールに入るのを、
監視する役目も兼任する。

今日も本を読んでたら、
アゲハチョウが飛んできた。

光を浴びて舞う綾羽、
あぁ、人生って素敵だな。

人生がさすらい

新しいドラマはだいたい録画してる。

全部をずっと見るわけじゃないけど、
とりあえず見てみる。

福山雅治の何年かぶりとかいうドラマも、
見てみた。

先が丸見えで面白くはなかったけど、
心に響いたのは
劇中に流れる『500マイル』。

これ! 
子どものころに聞いた覚えがある!

無性に心が揺さぶられる。

ドラマはほっといて調べてみたら、
元はアメリカの大不況時代の放浪者の歌だとか。

そうだったんだ!

ホーボー(極貧の放浪者)に憧れて憧れて、
アメリカ南部まで放浪しに行ったこともあったっけ。


忌野清志郎が訳して歌ってた。

♪ 次の汽車が駅に着いたら
  この街を離れ 遠く
  500マイルの見知らぬ町へ
  ぼくは出ていく 500マイル

  ひとつふたつみっつよっつ
  思い出数えて500マイル
  やさしい人よ 愛しい友よ
  なつかしい家よ さよなら

  汽車の窓に映った夢よ
  帰りたい心 抑えて
  抑えて抑えて抑えて抑えて
  泣きたくなるのを抑えて

  次の汽車が駅に着いたら
  この街を離れ 500マイル


元の詩とはずいぶん違うけど、
名訳だと思う。

何なんだよ?
口ずさんでみたら涙があふれてくる。

どうしてこんなにも心がかき乱されるんだ?

ひとしきり考えてみて、

自分の心を探ってみて・・・・
わかった。

ぼくは今満ち足りていてホーボーなんかじゃないけど、
そう遠くない将来、死んでいく。

この歌は、
そのときの心象風景なんだ!

長生きはしたくないなんて言いながら、
まだまだ死ぬことに現実味がないけれど、
潜在意識はもう射程に入れてるんだね。


この歌のような思いを持って死んでいくのか、
ボケてわけもわからないまま死んでいくのか、
どっちか知らないけど、
死ぬって、
怖いよりさびしいね。

まずは50

ぼくのような素人がサイクリングでつらいのは
お尻と手のひらの痛みである。

かつてはお尻も頑丈だったし、
手のひらにはタコができていた。

でも、この9年間、
飛ばせば7分という、
とっても近い職場に通っていたものだから、
お尻も手のひらも思い切りヤワになってしまった。

トシのせいで肉も落ちてるんだよね。

だから少し自転車に乗ってると、
体重のかかるお尻と手のひらがひどく痛み始めるのだ。

これはちょっと鍛えなおさないと長距離は走れないな。

ということで、
毎日、ミニツーリングに出かけている。

けど一朝一夕には鍛えられないよね。
むしろお尻は痛みが蓄積してるかもぉ。

昨日は30キロ、
今日は20キロ。

若いころは200キロ走ったけどね。


いつか沖縄まで走って、
58号線を海沿いに辺戸岬までなんて憧れてたけどさ、
これはもうはかない夢だね。

でもとりあえず、
お尻と手のひら、
鍛えるわ。



陣痛促進焼き肉

焼き肉を食べてオロナミンCを飲んだら、
産気づくというジンクスがあるらしい。

自分が4月23日生まれだから、
(サッペおめでとう!)
お姉ちゃんにも4月23日に産んでほしいサッペは、
焼き肉を食べるように勧告してた。

で、昨夜はタッキーも千葉からやってきたし、
チッぺとカッペと4人で焼き肉を食べに行った。

ちょっと有名な熟成肉のお店だ。

熟成肉って、
初めて食べる。

どんなだろう?

こんなだ。

20160422_190632.jpg

仙台牛を3月から寝かしてたものだそうだ。

いただきます。

20160422_193350.jpg

うーん、
いかにも熟成したっていう感じの味だ。

でも、
4人で意見は分かれた。
女性陣は「これ好き!」
ぼくたちは「普通の肉の方が」

どっちにしても、
ちょっと高価すぎるよね。

どうも貧乏性のぼくは
お会計がちらついちゃってさぁ。

気楽なお店でバクバク喰ってる方が性に合ってるな。

ちなみに、
チッぺは全然産気づいていない。

オロナミンC飲まなかったからかな?

新しい朝が来た希望の朝だ

全国のあちこちに「恋人の聖地」っていうのがあるけど、
長居公園にはラジオ体操の聖地がある。

数年前にも書いたけど、
今朝は久々に、
親子3人で早起きして現場を観察に行ってきた。

ワールドカップのとき、
ベッカムもやってきた長居スタジアムの近くに、
少女がラジオ体操をしている石碑があって、
そこが聖地になっている。

って、ぼくが勝手に言ってるだけだけど、
毎朝6時半になると、
石碑の横のスピーカーから大音量でラジオ放送が流され、
それを目当てに何百人ものお年寄りが大集合するのだ。

集合と言っても、
彼らは決して夏休み中の子どもたちのように、
群れてはいない。

それぞれに何らかのポリシーがあるのか、
広い公園に三々五々という感じで散らばっているのだが、
放送が始まると、
全員が石碑の方を向いて、
黙々とラジオ体操を行うのだ。

その光景は失礼ながら、
とっても不気味、いや、シュールである。

しかも放送が終わると同時に、
全員が、うぉおおおおっ!って、
一声遠吠えするのだ。

初めて見たときはそのことを知らなかったので
ひっくり返りそうになった。

何ゆえに吠えるのだ老人たち!

一斉に吠えるなら、
ラジオ体操のテーマソングもみんなで歌えばいいように思うが、
それはほとんどの人がスルーである。

噂によると、
大阪城公園にも聖地があるらしい。
これも全国に散在しているのだろうか?

ぼくはそういうのが好きじゃないし、
決して加わりたくはないが、
素直にすごいなぁと思う。

あの歳になったとき、
きっとぼくには、
毎朝ラジオ体操をしに行くだけの
体力も気力もないだろうなと思うから。


謹んで

ユリちゃんからメール。

ユリちゃんって、
昨日も書いたけど、
今度同窓会をしてくれる卒業生。

「私たち、43歳じゃなくて41か42なんですよ」
って。

あはは、ごめんなさい。
どこで勘違いしちゃったのかな?

ま、60年も生きてると、
1年や2年の誤差なんかどっちでもよくなるんだけど、
まだそんないいかげんな気分になる歳じゃないよね。

お詫びして訂正させていただきます!

永久(とわ)の絆

雨だね。
今日は熱帯魚を買いに行こうと思ってたのに。

ハイドン聴きながら本を読んでたけど、
どうもハイドンは合わないな。

思い立って机のひきだしを整理してたら、
うわぁ・・・・。

チッペが生まれたときに書いた詩がでてきたよ。
メモ用紙に3つの詩が走り書きしてある。


待ってたわけじゃないんだ
あなたが最初の声をあげたとき
私はあなたを待つのを忘れ
ただピアノを弾いていた
冷たいって?
ちがうよ
あなたが早く来すぎただけさ


詩なんて代物じゃないけど、
1981.9.10 5:43AMの日付。

そのとき、
生まれたての赤ちゃんだったチッペが、
もうすぐ赤ちゃんを産む。

いのちはつながっている。


 

ごほうびはまだ続く

23歳たちのサプライズ同窓会に続いて、
今度は43歳の「教え子」たちが、
同窓会を準備してくれている。

幹事役のユリちゃんからメール。


主婦でも参加しやすくする為お昼スタートにしましたが、夕方から参加する人もいるかも知れません^^
一応終了は冨士先生の限界までとなってますので、先生当日頑張って下さいo(^▽^)o


うわ!
サプライズの次は「二部制入れ替えなし」かよ!

前日は禁酒して肝臓を休め、
久々に眠剤のんでしっかり寝ておかなくちゃ。

私、がんばります。

貪欲にごほうびを貪らせていただきます。

私のための祈り

ぼくが学校現場に新任として赴任したときに、
そのおばさんと出会った。

とても親切にしていただいて、
生意気なぼくもなついていた。

そのおばさん、
いや、もう軽く70を超えておられるのだろうけど、
退職告知のお礼状に対して、
お返事をくださった。

「あなたには、私や他の人には出来ない、
 すてきなたまものがそなわっています。
 これからは自由です。
 やるべきことがいっぱいあります。」

お母さんにやさしくお尻を叩かれている気分になった。

「いっつもいっつも心配しています。
 毎日毎日、祈りつつ応援していますよ。
 自分にしかできないこと、がんばって!」

クリスチャンで純真なお母さんは、
決して文言だけじゃなく、
本当に毎日心配し、
祈り、応援してくださっているのだと思う。

こんなぼくのことを。

ありがとうございます。

ぼくはどこまで人に恵まれてるんだろう・・・・。

河童チルドレン その5

感動の夜を「河童の写真館」にアップしました。

見てね!

河童チルドレン その4

宴もたけなわ。

心の底から楽しんでいるとき、
「教室」に先生(スタッフ)が入ってきて、

「河童くん、立ちなさい」

な、何ですか、先生?

すると先生はこんなプレートを差し出した。

img_0066(2).png

え! ええっ?!

驚くぼくに追い打ちをかけるように、
卒業証書の読み上げが始まった。

img_0075(2)-.png

さらに子どもたちから、
こんなメッセージ集が。

img_0079(2)-.png

このメッセージのフォーマット、
ぼくが毎日書いていた学級通信の再現なんだよぉ。

ストレートの連打に呆然と立ち尽くすぼくにこれでもか。

花束、泡盛と怒涛のようなパンチの嵐。

完全にノックアウト!


冥利に尽きるというのは、
この瞬間のために用意された言葉なのだと思った。

36年間の辛かったことも哀しかったことも、
すべてが報われた夜だった。

君たちはなんでこんなに素敵なんだ?

君たちが、
そして君たちにこんなに慕ってもらえるぼくが、
思いっきり誇らしかった。


もちろん、会費なしのご招待。

「お前らさ、
 もう1軒行くで。おごらせてくれ!」


終電まで幸せな時間を続け、
駅まで送ってくれたみんながひとりひとりハグを求めてくれて、
後ろ姿で右腕を高く掲げながら、
世界一幸せな男は帰途に就いたのであった。

ありがとう!
忘れないよ。
忘れられないよ、この夜のこと。

あほ!



河童チルドレン その3

ありがたいことにいろんな卒業生が、
同窓会とかいっぱいやってくれるけど、
正直、めんどくさいことも多い。

そうだね、
高校生なんて論外だし、
20代でも、
結局は招待されたこっちがあれこれ気を遣ったり、
場を進行したりしなければならないのが普通。
やっと30くらいになったら楽かな。

でも、
23歳のこの子たち、
そういえばとってもやんちゃで、
そのくせ学力の高い子たちだったんだけど、
メッチャ大人だった。
そつがない。

何も気遣いはいらない。
何もかも彼ら彼女らにまかせて、
ぼくはただ気持ちよく、
お客さんでいられた。

それはちょっと驚きだよ。

何なんだろ?
今は散り散りで他府県から来てくれた子も何人かいたんだけど、
子どもたち(とはもう言えないけど)同士もホントに、
仲よく語り合っていて、
聞いているだけで心がホコホコする。

6年生の時の思い出話が、
いくらでもあふれてくる。
近頃やばいぼくの脳もいつになく活性化して、
びっくりするほど鮮明な記憶がよみがえってきた。

「みーには一番苦労させられたで」
「コーキは嫌なヤツやったよなぁ」

何の遠慮もいらない。

みんなメッチャええ顔してるねん。
多分、ぼくが一番そうだったんだろうけど。

そして・・・・


河童チルドレン その2

この子たちとの卒業式を思い出す。

泣いて泣いて式が終わり、
段取りでは卒業生退場。

しかし、
子どもたち退場しない。

涙が引っ込んで、
おい、こら、練習してきたやろ。
はよ退場せんかい!

そのとき、
子どもたちが声を挙げた。

「河童先生、ありがとうございました!」
って、サプライズのよびかけ。

強烈なカウンターパンチだった。

一瞬何が起こったのかわならなくて、
それからぼくのダムが決壊した。

あとで聞いたんだけど、
ぼくたち担任以外は全職員が、
このサプライズを知ってたんだって。
みんなグルだったんだって。

こんなこと一体誰が仕組んだの?

親だろって思ったんだけど、
ゆきっていう、
どちらかというと中心じゃない女の子だったのだと聞いた。


まぁホンマいろいろ問題起こしてくれた子たちだったけど、
そんな子たちだった。

大好きな子たちだった。


河童チルドレン その1

今夜は、
23歳のみゆに誘われて、
いそいそと天王寺へ。

彼女はぼくに憧れて先生になった子だ。

彼女は一昨年、
河童先生の授業をもう一度受けたいって言うので、
うちのクラスに招待して、
1日、一緒に過ごしたこともある。

とっても聡明な子なんだけど、
そういえば、
今回のお誘い、
今から思えば何か不自然なところがあったよなぁ。

先生を連れていきたい店があるとか。

ん?
一体どんな店なんだ?
ぼくの行きたい店というと、
安くて美味い居酒屋だけど?

彼女が連れて行ってくれた店は、
何と、
「6年4組」という店で、
個室が教室とか保健室とかになっている。

壁には児童画が貼ってあり、
黒板もある。

客は生徒でスタッフが先生という、
メイドカフェかコスプレ店みたいな、
おかしな店だった。

しかも、
どうぞ!と招き入れられた「教室」には、
えええっ!

男女取り交ぜて、
11年前の卒業生たちの顔が並んでいた。

うそーーーっ!

完全に騙された。
みゆとふたりだって思ってたのに、
同窓会だった。
11年前の河童組の。

あのさ、
そういうの、やめてくれる!
ただでさえトシのせいで、
涙腺の締まりがないんだから。

黒板には、
「河童組集合」とか
「河童先生長い間お疲れさま」とか書かれていた。

思えばぼくが河童を名乗りだしたのは、
この子たちがぼくの髪が薄くなるのをみて、
河童呼ばわりしたことからだった。

この子たちにはさんざん苦労させられたけど、
大好きな子たちだったのだ。

こんな風にして、
目くるめく夜はスタートした。

職さがし

退職のお礼状にたくさんのレスはいただいたけど、
誰も仕事は紹介してくれませんねぇ。

ありがたいことに、
教育現場へのカムバックコールはいただくんだけど、
できれば違う仕事をしてみたい。

神経をすり減らす仕事は
少なくとも当面はパスしたい。

ガードマンとか新聞配達とか清掃員とか、
この36年間とは違うしんどさのある仕事をしてみたい、
そう考えたこともあったんだけど、
腰の状態がこんなじゃぁ、
無理だよねぇ。

賃金に贅沢はいいません。
アルバイトでもいいです。

そのかわり
無能なぼくにでもできる難しくない仕事で、
気楽なのがいいなぁ。

って、そんな甘い話ないか。


会いたい気持ちは山々なれど

着替えも何も持たずにウチに転がり込んできたから、
とりあえずメグは今朝、
部屋に帰って行った。

まだ痛々しいし、
ひとりで大丈夫かな?
ガスも通ってなくてご飯とか大変じゃないのか?

「何か困ったらすぐ戻って来いよ。
 こっちはメグがいたらうれしいんやから」

「あん。とりあえず寝て、
 暇やったら戻るけぇ」

あ、いや、暇とかじゃなくて、
ま、それでも全然いいけどさ。


昨日、そのメグがいるところに、
メグの母上から長文のお葉書と
美味しいお酒が届いた。

もちろん、それは退職祝いの品で、
メグが急きょ居候する前に用意されたものだ。

メグが窮状に陥り、
ウチに滞在してることを、
広島のご家族は、
ぼくのブログで知ったのだそうだ。


「雨後の月かな?」と言いながら
お酒の包装を解いたらアタリだった。

彼女のふるさと、仁方の地酒。
蔵主はメグの同級生なのだそうだ。
いい酒なんだよね。

尾道カップラーメンのことは少し前に書いた。
それはとっても美味しかったし、
それで十分だったのに、
みさおさん、
ご丁寧なお葉書とお酒を重ねていただき、
ありがとうございました!

今朝、メグは言ってました。
腰が長引きそうならお母さんに来てもらうって。

お会いできる日を楽しみにしていますが、
そんなことで再会ということにはならないように、
いっぱいお祈りしています。

大先輩から

普通、
退職のお礼状なんてのが届いても、
決まり切った文面に目を通してそれで終わりだ。
ああそうですか、お疲れさま、でスルー。

って、
そんな冷たい人間はぼくだけなのかもしれないけど。

でも、ありがたいことに、
ぼくがお礼を差し上げた人たちからは、
電話で、メールで、たくさんのレスをいただいた。

わざわざ葉書を送ってくださった方も。


ご退職おめでとうございます。
とは言え、逆風渦巻く大阪市の教育現場から、
河童さんが去られるのは、
何か惜しいと言うか、さみしいと言うか、
もったいないと言うか・・・。
体制に巻き込まれて生涯一教員を全うできなかった私には、
河童さんの己の教育信念を貫き通された姿勢に
敬意を表するばかりです。
本当にお疲れ様でした。
今後、何かの新しい活動で保守路線が続く教育界に
何かひと針刺すような活躍をされるよう願っています。
学級通信がなつかしいです。
まだ自転車で走り回っておられれますか。
ご健康、心よりお祈りいたします。


この大先輩は15年以上も前、
管理職としてぼくを管理する立場の人だったんだけど、
腹の座った管理職で、
上からで失礼だけど、
珍しくぼくの気に入った管理職だった。

反骨精神、反権力と言えばかっこいいが、
実はわがままでへそ曲がりだっただけなんだけど、
管理職や教委に刃向かってばかりいたぼく。

ご苦労をかけただろうにこの先輩は、
いつもこんな風にぼくを評価してくださっていた。

心揺さぶられるお葉書だった。



無色無臭か



先日、お世話になった人たちに
こんなお礼状を送った。

けど、住所録ソフトに登録してある元同僚たちにだけだ。

ホントは年賀状のやりとりもしていないような、
もっともっとたくさんの人たちに支えられてきた。

もちろん、子どもたち、保護者、友人など、
元同僚以外の人たちにも。

だからこの場に掲載することによって、
お届けできなかった皆さんにも心から謝意を捧げます。

ただ、
こんなところにアップしたところで、
誰の目にもとまりはしないんだけど。

河童も神の子?

長居公園で昼呑みしませんか?

そんなお誘いを受けた。

先日、
中学校の入学式で新入生代表のあいさつをした、
神の子りょーぽんのママから。

りょーぽんとその弟妹も一緒だ。

長居公園に飲み屋などないし、
ビールも売ってないんじゃないかな。

どう飲むんだと思ってたら、
ビールを持ち込んでくれてはった。

いいなぁ、
春の日差しのもと、
公園の一角でビールをグビリ。

りょーぽんママはぼくのことを
とっても買いかぶってくれてはって、
ファミリーでこぞってぼくを信奉してくれてはる。
河童教の信者だと自称してくれてはる。

ぼくが毎日発行していた学級通信が読めなくなったからって、
このブログを
ずーーーっとさかのぼって読んでくれてるんだって。
ありがとございますぅ。

でも、
毎日のように
「河童先生と出会えてよかった」
なんて語りながら涙流してるって、
光栄の至りだが、
ちょっと病気なんじゃないのか?

そんなわけで
気持ちよく夕方までゆんたくした。

ほーんと、ありがたい話である。
またやりましょね!


ところでママは、
今日ぼくをひと目見るなり、
「センセ、メッチャイ生き生きしてはる!」
って、
やっぱりそうなんだぁ。

極上のスパイス

久々にお酒が残ってる。
頭が痛い。

昨夜の帰りは駅から家まで、
まっすぐ歩こうとどんなにがんばっても、
道の端から端までジグザグしてた。


ヒメはぼくが人生の最後に恋をした人だけど、
やっぱりきれいだねぇ。
虫も殺さないような立ち居振る舞いにもかかわらず、
実は結構やんちゃなのだ。

昨日はたっぷり飲んだあと、
大阪では有名な、
たこ焼きの山ちゃんへ。

道端の露店なんだけど、
ヒメがたこ焼き買って、
ぼくはコンビニにビール買いに行って、
道路に座り込んで二次会を。

口の中をやけどしながらハフハフした。

何かその辺のガキみたいで楽しかった。
大人のすることじゃないよぉ。


最初はどこで飲もうかと相談してたとき、
リーズナブルな店がいいと言ってたヒメ。

いつになくそんなことを言うと思ってたら、
退職祝いにおごってくれるつもりだったんだ。

美味しそうな焼酎のプレゼントも。

ありがと。
ぼくは君の退職までは生きてられないけど。

たこ焼きのあと、
どうしたんだっけ?

うわぁ、
覚えてないよぉ。

駅で人目もはばからず、
盛大にハグし合って別れたとこまで、
記憶が飛んでいる。

そのころ、
メグはウチでお留守番してたんだけど、
生涯の相棒のメグと、
最後の恋人のヒメと、
このふたりがいてくれるだけで、
ぼくの人生のだいたいは満足だな。

はじめてのおつかい2

500万をリュックに入れて、
B銀行まで自転車を飛ばす。

緊張してるつもりはなかったけど、
冷静ではなかったかもしれない。

まさか入れ忘れてないだろうな?
途中で自転車を停めてリュックを確かめたりした。

A銀行で結構待たされたので、
B銀行についたのはジャスト3時。

ガラガラと窓口のシャッターが下ろされるところだった。

あーあ。

仕方なく、また行員さんに、
「ATMで一度にいくらまで入金できるんですか?」

「お札なら200枚までなんです。
 それ以上だと何回かにわけていただくことになりますので、
 よかったら窓口に来ていただくと」

って、今閉まったじゃないですか。

「はい、お手数ですが、
 本日ということでしたら、
 ATMで何度かにわけていただいて」

わかりましたよ。

「申し訳ありません。
 機械に少ししか入らなくて」

って、200万、少しじゃないだろが!


100万の札束を見たことなかったわけじゃないけど、
帯封をちぎるのは初めてだと思う。

ATMの前で次々と無造作に帯封をちぎるのも
ちょっと快感だった。

貧乏人の証しである。

3回にわけて500万を入金し、
それから生活費10万を引き出して、
通帳に記入して、
はじめてのおつかい完了。

ふぅ。
なんだか40分ほどの間にぐったり疲れたよ。

来週、
まだ残りの200万を移動させなければならないんだな。


とっても偉大な仕事をしたような疲労感に、
帰って早速ビールを飲んだ。

はじめてのおつかい1

無職なんだから収入はない。
ささやかな退職金を食いつぶしていかなければならないのだ。

その退職金の中から、
700万円をA銀行からB銀行へ移動させなさい、
というカッペからのミッション。

700万の移動かぁ。

これははじめてのおつかいだぁ。


まずはA銀行へ。

「あの、生体認証ですけど、
 ATMでいくらまでおろせます?」

行員さん、
声をひそめて
「500万までですけど、
 一度に100万しかおろせませんので、
 窓口の方が便利かと」

事前にネットで調べておいた通りだ。

500万っていうと、
まぁ銀行にとってははした金なんだろうけど、
生体認証でも書類書かされたし、
ずいぶん待たされた。

ようやく番号呼ばれて受け取りにいったら、
帯封の札束5つを隠すように、
銀行の袋が載せてあるお皿を差し出された。

袋入れといてくれへんのか?

帯封がついてるからか、
「お確かめください」もないんだから、
入れといてくれてもいいんじゃないのか?

ぼくはおもむろに袋をとり、
5つの札束があらわになったときには一瞬引き締まったが、
それをわしづかみにして袋に入れた。

銀行強盗になったみたいで、
ちょっと快感だった。

病人も引き受けます

今夜はヒメと呑むことになっていて、
メグも顔を出すことになっていた。

ところが昼前、
メグから電話。

いわゆるぎっくり腰を発症して、
病院に運ばれて、
車いすで今学校に戻ったと。

お気の毒にそれは災難で。
じゃ、今日は一緒に飲めないね。

てか、メグ今夜どうするん?

彼女は日本に帰ってから
何とか部屋はおさえたものの、
忙しくてまだガスも開通してないらしい。
住める状態じゃないのだ。

いつ歩けるかも不透明なのに、
そんなところにひとりで置いておけないよ。

ウチ来る?

「いいのぉ?」

非常事態やからなぁ。
ほっとけんやろ。

しばらくしたら、
仲のいい元保護者からメール。

「今日、授業参観なんですけど、
 学校から○○先生が急に体調を悪くしたので
 参観は後日行いますってメールが来たんです。
 ○○先生っていつもブログに登場するメグさんですよね?
 お節介ですけど、大丈夫でしょうか?」

って、授業参観やったんかい!

いきなり参観キャンセルって、
えらい派手なスタートやなぁ。

昼過ぎ、
タクシーに乗ってメグ到着。

おぉおぉ、痛々しいお姿。

メグは先日、
会議についていけん、
子どもたちとコミュニケーションがとれん、
って、弱音吐いてたけど、
その後、子どもたちととっても楽しくやれるようになったそうで、
(ほら、言ったとおりだ)
「今日の参観もメッチャ楽しみにしてたんじゃけどねぇ」


ちょうど、我が家はお昼ごはん。
ぼくは早速ビールを持ってきて、
「1杯くらいいいやろ」とグラスに注いであげたんだけど、
我が家のお母さんに叱られ、
自粛してた。

ま、とんだ災難だったけど、
若いんだから月曜には出勤できるんじゃないの?

とりあえず、
和室でおやすみになっている。

お大事に。

一緒に呑めないかもしれないけど、
君が家にいたらなんだかうれしいよ。
ウキウキ。

一夜明けて

南阿蘇村に住む親類の、
無事が確認できたとカッペが言っていた。

本棚が倒れたりしたけど、
ケガはなかったと。

でも、大阪で体験した阪神・淡路大震災より、
ひどかったと言っていたそうだ。

阪神のときの恐怖は今も鮮明だけど、
あれよりひどい体感って、
それは怖かっただろうな。

これ以上被害が広がらないことを、
雨が降らないことを、
強く願う。

被災なさった方、
心からお見舞い申し上げます。

まだ揺れている

チッぺと長居を歩いてたら、
九州のサッペからメール。

帰ってきたら、
テレビは大変なことになってる。

大きな地震だったんだ。

2度の大震災の経験がよみがえって、
大阪はピクリともしなかったんだけど、
心が圧迫される。

サッペは無事だったみたいだけど、
かなり慌てたみたい。

九州の皆さん、
大丈夫ですか?

まだ余震が続いてる。
気を付けてください。
どうか、被害のありませんように。

近頃の若くないもんは

自分さえよかったら、ってのは、
ぼくのような人間のキャッチフレーズだと思ってたけど、
もっと丸出しの人たちがいるんだね。

保育所建設拒否の報道に改めて思う。

ごみ処理場の反対もあったよね。
こういうのは米軍基地や原発の話とは全く違うよね。


うちの家の、1軒はさんだ隣が幼稚園。
今も盛大に、
「♪だんだんだーれが見つかった」
って聞こえてくる。

精一杯声を張り上げてるし、
まだ音感も十分じゃないのかな。
すげぇ音が外れてて、
メロディーじゃ何の曲か判別できず、
歌詞で判明する。

遊びまわる大喚声も聞こえてくるし、
運動会前には太鼓の大合奏も。

あぁ、もう秋だね、なんて。


ぼく自身が通った幼稚園だし、
母が務めてた幼稚園だったこともあるかもしれない。

でもさ、
神経質なぼくにも
この子どもたちの声は、
決して騒音には聞こえないよ。

子連れで電車に乗っていて、
一番迷惑がられるは年寄りだと
若いお母さんはよく言う。

昔の年寄りは、
小さな子を見て目を細めてたもんだけど、
近頃は年寄りが子どもを毛嫌いする。

こういう人たちはきっと言うんだ。
「近頃の若いもんは」って。

もちろん、そんな人ばっかりじゃないんだけど、
醜い。

やっぱりこの国に未来はないね。


迷子引き受けます

ぼくが毎日の~んびり安らかに暮らしている一方で、
グアテマラ帰りのメグは現場で苦しんでいるようだ。

日本生まれ日本育ちでありながら、
元々日本語の不自由なメグ。

グアテマラへ行くために無理矢理スペイン語詰め込んだら、
不自由な日本語も全部こぼれ落ちるんじゃないのか?
なんて笑ってたけど、
どうやらその冗談通りになって帰ってきたようだ。

「会議やってても何の会議かさえわからんのんよ」
「みんなすごい勢いでどこ行くんじゃろ?って怖いんよ」

クラスの子とはコミュニケーションとれてるのか?

「ときどきどっちもポカーンてしてる」

「マジ、やばいよぉ。
 まるで迷子みたいじゃ」

メグとは長い付き合いだけど、
彼女が弱音吐くの初めて聞いた。

グアテマラにあっさり順応したくせに
日本に順応できないって笑える。

とっても彼女らしい。

でも、
メグなら大丈夫なんだよ。
ぼくは知ってる。

日本のちっぽけな教育現場が、
ちょっと彼女のスケールに合わないだけの話。
そのでかさは決して揺るがない。

何てったってぼくの生涯の相棒なんだから。


ま、一緒に飲もう。
いつもあなたがぼくにそうしてくれたように、
今はぼくがあなたに元気あげるよ。

隠退生活

天気がよかったので、
午前中、近所の桃ヶ池まで、
30分ほどのウォーキングをした。

池の周りには、
釣り糸を垂れるご老人たち。

公園のベンチには、
ひなたぼっこのご老人たち。

みんなぼくよりずっと高齢だったけど、
ぼくも隠退生活ムード満載だったよなぁ。

ごみ屋敷

20160410_225939.jpg

こんなになっちゃったよ。

これがチッぺやサッペの部屋、
納戸その他から出た不用品。

表の駐車スペースにも
まだあるんだよ。

いやぁ、すっきりしました。

これでベッドがふたつ、
寝ることのできる状態になった。

皆さんよくがんばりましたね。

あと1時間もしたら、
業者さんが取りに来てくれる。

1万5千円也。

格安らしい。



逃亡者たち

無職になって11日、
実質的な勤務に終止符を打ってからだと
3週間以上がたつ。

それでも、
36年間の習性ってこびりついてるもんだね。

何かの瞬間に
「あ、学年だより書かな!」
とか
「推進委員会のレジュメつくらな!」
なんて思ってしまったりする。

一瞬心が騒いだ後、
「あぁ、もうそんなんいらんかったんや」

そのときの解放感、清涼感は
なかなかのものである。

先生に限った話じゃないんだろうけど、
仕事をしてる人って無意識のうちに、
ずっと何かに追われてるんだよね。

もちろん、
家事や育児に専念する人も。

それって、
もしかしたら日本人だからなのかな?
日本の社会だからなのかな?


追われること、背負っていることがなくなったこの生活、
今は本当に気に入っている。


天天、有

住之江区に「天天、有」という
メッチャ美味いラーメン屋がある。

有名な京都の「天天有」の兄弟店だけど、
こちらもいつも行列ができるお店である。

店主はぼくの古い友人で、
かつては職場が近かったし、
釣り友だち、沖縄友だちだったんで、
よく食べに行ってた。

3月まで同僚だったマサシも、
たまたまその店の古い常連だったそうで、
今日は車で連れて行ってくれた。

うわぁ、10年15年ぶりだよ。
全く変わってない汚いお店。

店主とはかつては本当に親しくしてたんだけど、
彼は店で特定の客と親しげに喋らない主義。
今日もボソボソと、
まるで昨日も会ったかのような調子で、
短く旧交をあたためた。

故あって明日からしばらく休業に入るというので、
タイミングもよかったんだけど、
時間もできたしこれからちょくちょく顔を出そうと思ってたから、
残念。

どうか早く復活してねぇ!





捨てられないもの

家の大整理を行っていることは先に書いた。

今日はカッペとチッぺが本格参戦し、
3人で掻き立て合うように、
処分しまくった。

明日、廃品回収業者が見積もりに来てくれるが、
六畳の和室がごみ屋敷のように、
廃品でいっぱいになった。

みんな疲れ切った。
ぐったりだよ。

勢いでガンガン捨てていくが、
思い出の残る品とか、
かつてなじんでいた服とか、
いろんなものに思い切りをつけるのは、
精神的にとってもハードなんだよ。

でも、
そんな大整理をしたからこそ、
長い眠りについていた大切なものが日の目を見たりする。

晩ごはんのときには、
発見されたサッペの母子手帳やら、
チッぺの小学生のときの日記とかで、
メッチャ笑えた。

何をどれだけ思い切っても、
娘たちの思い出の品だけは絶対捨てられないね。

今、部屋でチッぺとふたり、
あるカセットテープを聞いている。

それはカッペとぼくの結婚披露宴のとき、
当時ぼくたちがやっていたバンドのライブをしたんだけど、
そのときのカセットテープだよぉ。

ぼくも一体何十年ぶりに聞くんだろ?

あぁぁ・・・・
36年のタイムスリップ。
なつかし・・・・・。

捨てられないものは
やっぱりいろいろあるよね。

家族

今朝はカッペとチッぺと、
3人で長居公園を歩いた。

チッぺとふたりも楽しんだけど、
やっぱ、カッペと3人だといいねぇ。
サッペもいたらもっといいんだろうけど。

家族っていいな。

ようやく近頃、
そんなことを心から思うようになった。

老後というにはまだ少し早いのかもしれないけど、
こんなに幸せな老後を過ごせるなんて、
全然思ってなかったよ。

ありがとう。
しみじみと。

六甲颪

タイガースが首位に立ったね。

ま、今の時点でそんなことは関係ないけど、
気持ちはいい。

今年の阪神、
「超変革」とまではいかなくても、
ちょっと変わったよね。

いいよ、それ。

優勝なんかいいじゃない。

変わろうという姿勢が見えるから、
ぼくは満足するよ。

ずっと阪神が嫌いだったけど、
この闘い方を見たら素直に言える。

がんばれタイガース!

夜のお散歩

このところ、
チッぺとふたりで毎晩、
長居公園を散歩してる。

娘とふたりで歩く道。
しみじみとしていて心地よい。

とりとめのない話が、
心にしみこんでくる。

けどさぁ、
ちょっと歩くと腰が痛くなる。

はぁ、かつては同じ道を、
何周も走ってたのにね。

ま、今はゆっくり、
娘との時間を楽しめばいいか。

悪魔のような10

参ったな。

windows10を全くさわったことがないわけじゃないけど、
これ7とは根本的に違うやん。

カスタマイズしたいけど、
全然わからへーん!

セキュリティーは強化されてるってわかるけど、
メッチャ使い勝手悪いやん!
メッチャクチャ悪いやん!

何かウィンドウもえらくそっけないし。

しかも
これまで使ってたホームページビルダーが
使えなくなったぁ。

ってことは、HPの更新ができなくなったってこと。

それに、ATOK締め出しが露骨になって、
MSIMEしか使えないじゃないか!

これはアカンわ。
全くアカンわ。

届いたときのワクワク感はすべて消し飛んだ。
いや、完全に落ち込んでいる。

別にマシンが悪いわけじゃないけど、
Windows10、最悪!
Microsoft大嫌い!

時代の落ちこぼれ

新しいデスクトップパソコンが届いた。
ワクワク!

そそくさとセットアップをはじめたが、
うわ、windows10、全くわからんぞ。

とりあえず、
旧PCからデータを移動しよう。

windows転送ツールを起動して・・・・

って、ええっ!!!

「windows10では転送ツールは使えません」

ガーン・・・・・。

これだから素人はダメだ。

20年もパソコンやってきたのに、
完全な初心者。
何をどうしていいのかわからない。
途方にくれている。

これはとんでもなく時間がかかりそうだな。

ま、時間だけはたっぷりあるさぁ。


私は誰でしょう

区役所に行って来た。
国民健康保険に加入するためだ。

手続きをしても、
保険証は後日送付だと聞いてたけど、
電話で問い合わせて必要なものを持参したら、
そんなに待たされもせず、
すぐに発行してくれた。

よかった。

ぼくは車に乗らないし、
パスポートも切れたまま。
職場のIDカードももちろん返却したし、

1日から今日まで、
身分を保証するものが全くなかったのだ。

別に何かがなければ何の差し障りもないんだけど、
ちょっと頼りない感じはしたな。

ま、保証するほどの身分でもないんだけどね。

神様・仏様・りょーぽん様

今日、中学校の入学式があった。
旧担任として来賓席に並ぶのもこれが最後だね。

新入生を代表して、
よろこびの言葉を述べるのは、
「河童組」の神の子と呼ばれたりょーぽん。


実は不手際があって、
代表をひとり選んで連絡してくれという
中学校からの依頼をぼくが知らされたのは、
子どもたちが卒業してしまったあとだった。

今さら子どもたち全員を集めて、
希望を募るなんてことはできない。

うーん、しゃあない。
困ったときはりょーぽんだ。

りょーぽんなら、
こっちが勝手に決めても誰も文句は言わないだろうし、
もし全員を集めて希望を募っていたとしても、
きっと彼女は立候補してくれたはず。

ぼくはあわてて挨拶文の原稿を書き、
りょーぽんママに連絡をした。

本人の了解も得ることができて、
原稿を渡した。
先月28日のことだ。


で、今日。

ま、ぼくは全く何も心配してなかったんだけど、
そりゃ本人は緊張もするでしょ。

新入生、在校生、保護者、職員、
ざっと500人の前で壇上に上がるんだから。

でも、もちろん、
りょーぽんは完璧だった。

誇らしいよーーーっ!

式が終わったあとの来賓控え室でも、
「すばらしい挨拶でしたねぇ」と次々。

「あの子、河童組の子でしょ?」
よその学校の顔見知りの先生が言う。

「あの原稿、河童さんでしょ?」
実はぼくの原稿をりょーぽんが編集したんだよぉ。

あはは、誇らしいーーーっ!


さっき、
りょーぽんとりょーぽんママから
お礼のメール。

おかげで貴重な経験をさせてもらった、
おばあちゃんは死に土産だと泣いていた・・・・。

って、
こっちは困ってすがっただけの話。
感謝される筋合いじゃないさぁ。

こちらこそ、

ぼくの最後の入学式にありがとう!
りょーぽん。

あなたはこれから、
一体どこまで大きくなっていくんだろう。






年の差デート

今日もまた、
昼飲みしてしまった。

今日は特別だよ。

今日も特別???

だって、
若い素敵な女性とデートだったんだから。


先日、吹奏楽のラストコンサートで、
メッチャかっこいいサックスのソロをやった卒業生。

会いたいってメールをもらったんで、
ランチすることにした。

やっぱ、こういう場合、
大阪はお好み焼きだね。

ふたりのオーダーが豚モダンって気が合っちゃったから、
ぼくは牛すじネギ玉に。

食べながらいろんな話をした。

吹奏楽の話やら、
恋愛の話やら。
友だちの話やら。

普通、
中学生や高校生の子とデートするのはしんどい。
言ったってまだ子どもだし、
こっちは時代に置いて行かれたおっさんだし、
なかなか間が持たないんだよね。

こっちが気を遣ってあげなければならないし。

でも、
セーナは素敵な子で、
食べながら、飲みながら(ぼくのみ)、
自然にタイで喋ってられた。
ずいぶん成長したなぁって。

しっかり前を見つめた、
負けず嫌いの若さがうれしい。

だから楽しかった。
文句なく楽しんでいた。

会計の時、
彼女は気を遣う。

アホか。

まさか15と60がランチして、
割り勘ってあり得んやろ!


セーナ、
大好きだよ。

またね!




ひたすら捨てまくる作業の中で、
困ったのはVHSビデオだ。

映画だの記録だののビデオが
おびただしい数になっている。

数百本あるんじゃないか?

今どきVHSなど、
容赦なく捨て去るのが当然だが、
ぼくの部屋には再生機器がまだある。

デジタルの時代にVHSなんか
画質もひどいもんなんだけど、
それでもねぇ、懐かしいものがいっぱいあってさぁ。


「はとま」とだけ書かれたビデオもあった。

気になったので見てみたら、
NHKの番組だったんだけど、
見てなかったのか忘れたのか、
覚えのない内容。

亡くなった平良とみさんが案内役になり、
鳩間で里子として暮らす子どもたちの姿を
ドキュメンタリーとして追っている。

多分10年余り前のものかな?

建次さんもトシおじいも勇さんも佐藤さんも、
みんな若い!

つい30分見入ってしまったよ。
これはDVDにダビングして、
島の人たちに見せてあげなければ。

って、こんな風にいちいち映像を確かめてたら、
それだけで何年もかかってしまうよぉ。


うーん、
ビデオの処理、
これは事業展開の大きな壁になりそうだな。

断捨離断捨離

孫たちは帰ったし、
カッペも出勤。

いよいよ実質的に退職生活が始まった感じだ。

ぼくは一大事業にとりかかることにした。
壮大な事業である。

我が家のカッペ、チッペ、サッペの部屋は
もう長い間、
廃墟いや、
倉庫あるいは衣装部屋と化しており、
物や服にあふれかえって
とても人が住める状態ではない。

また、
納戸は扉を開けたら物が崩れ落ちてくる状況である。

この3つの部屋及び納戸をきっちり整理して、
ひと部屋を使用可能な状態にしようというのが、
我が家の壮大な事業なのである。

何の脈絡もなく雑多に詰め込まれた物たちが、
ぼくの前に立ちはだかっている。

けれどもぼくは猛然と闘いを挑んだ。

あんまり得意な行為ではないのだが、
あれも捨てる、これも捨てる。
どれも捨てる、それも捨てる。

とにかく絶対量を減らさなければ、
事業展開は全く見えてこないのだ。

捨てるだけではない。
竿やリールなどぼくの釣り道具は、
全て元同僚たちに引き取ってもらうことにし、
早速車で取りに来てもらった。

一昨年、ぼくは釣り引退宣言をしたが、
これで完全引退ということになるんだな。

かつては巨費を投じて入れあげてた趣味だから、
感無量である。


そんなこんなで今日はとりあえず、
大型ペール缶用ゴミ袋10枚分くらいの
物をガレージに運んだ。

ゴミ収集車、
持っていってくれるかなぁ・・・・。


物を処分するという行為は
勇気を振り絞らなければならないから、
精神的にも非常に疲れるんだけど、
少しずつスペースができていくのは
ごほうびのようで気持ちよかった。

明日もがんばりましょう。








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