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さらば芸能館!

あらぁ、知らなかったよぉ。
我が敬愛する宮里榮弘さんの芸能館が営業を終了したって。
残念至極。
国際通り最高のお薦めスポットだったのに・・・・。

榮弘さん、瞳さん、6年間お疲れ様でした。
ホントにいつも楽しませていただきました。
でも、働き過ぎを心配してたので、
これから是非、ゆっくりしてくださいね。

なお、榮弘さんの素晴らしい芸能は
2月1日より、
旧山形屋隣りの「百甕(ももがーみ)3階にて、
金・土・日・祝祭日の19時と21時から見られるそうです。
まだの方は是非そちらへ!
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年寄りの冷や水???

ちょっと出っ張ってきた腹部が気になって
ランニングしてたら左ふくらはぎに痛みが。

なにくそ、こんな筋肉痛!
甘やかしたらあかんのや!
ランニングを続けてたら筋肉の裂傷、内出血、安静、やて。

しゃあないな。
走られへんかったら腕じゃ!

10キロのダンベルをいつも以上に気合い入れて振り回してたら、
左腕がおんなじことになった。

どないせぇっちゅうねん!

今日は腹筋じゃ!

意地

あんまり好きなランナーじゃなかったんですよね、福士さん。
昨日だって35キロ辺りでは、「ほら、やっぱり期待はずれやん」って。
けど・・・・凄絶なラストでした。

転んでも転んでも微笑みながら立ち上がる。
オリンピック選考ということから言えば、
もうそこまでして走り続ける意味は全くない。
けど、ランナーの意地なんですかね。
涙出ました。
いっぱい出ました。
同じような年頃の娘を持つ親として、お母さんの涙にも。

中継が終わった直後のCMができすぎでした。
ここでこのCMかよっ!
伊藤何某と長澤まさみが兄妹を演じる車のCM。

「かっこよかったよ」
「負けちゃったけどな」
「立て、立つんだジョー!」

一方府知事選。
誰が府知事にふさわしかったのかはともかくとして、
あの結果はないでしょ。
反逆者大阪の気概はどこへ行ってしまったのか?

ランナーの意地を目の当たりにし、
府民の意地を見失った昨日でした。






決戦の日

窓を開けると長居スタジアムの方がにぎやかです。
もうすぐヘリコプターもうるさく飛び始めるでしょう。

大阪女子マラソンまであと1時間。
今年の目玉は福士加世子さんのマラソン初挑戦ですけど、
楽しませてくれるかなぁ?
記録を破りそうになったらスタジアムまで走ろっと。

そうだ、大阪府知事選挙にも行かないと。
うーん、こっちの方には失礼ながら目玉がないなぁ・・・・。
だいだい見えちゃってるかなぁ・・・・。
意地を見せろ大阪人!

とりあえず権利は行使しに行こうか。

初氷

今朝、この冬初めて、
水たまりが凍ってるのを見ました。
通りがかりの子どもが嬉しそうに踏んづけてました。

「薄氷 心地よきかな 割れる音」

これは小学校6年生の時に河童が冬を詠んだ句。
自分ではかなりの名句だと思ってたんでしょうねぇ。
40年たっても未だに覚えてるくらいだから・・・・。

昔は大阪でも氷はしょっちゅうはってたし、
ひと冬に1回くらいは銀世界も見られたような気がします。

温暖化で気温は上がってるんだろうけど、
昔より冬が辛いのは、
やっぱりトシのせい?
ですよね・・・・。

初恋?

知り合って20年になる女性からメールが届いた。

知り合った頃の河童さんと同じような歳になったって。
会って昔のようにバカ笑いしたいって。

彼女は31歳。2児の母。
あらぁ・・・・。
確かにぼくが彼女と出会ったとき、
彼女は11歳になる年でぼくは31だった。

近頃ややこしいおじさんが多すぎるから誤解されたくはないんだけど、
20年前、
ぼくは彼女に淡い「恋」をしてたんだと思う。
彼女もあの頃ぼくに恋をしてたって、
何年前だったかな、
彼女が結婚を決めた彼氏と3人で呑んだときに聞いた。

今夜は彼女に乾杯!
久々に会ってバカ笑いしよっか!

みんなの歌

NHKの「みんなの歌」には2度お世話になった。
ぼく自身が子どもだった頃と、
娘たちが子どもだった頃と。

口ずさむたびにホロッとしてしまう唄があった。
町へ売られた母豚を追って子豚が逃げ出した唄とか、
風見鶏に恋をしたニワトリの唄とか・・・・。

ここのところ、
何度か続けて久々に「みんなの歌」を聴くことがあった。

朝まで眠れずにいると5時前に放映してる。
なんでそんな時間に「みんなの歌」なのかわからないけど、
耳にした数曲は聴くにたえないものばっかりでびっくりした。
「ふろしきマン」とか「ふわふわだいふく」とか「じーじーのえてがみ」とか、
酷すぎる!

大ヒットしたという「おしりかじりむし」(だった?)は
聴いたことがないけど、
どうしてこんな酷い唄ばっかりになってしまったんだ?

って、多分これはトシのせいなんだろうな。
若い人たちや子どもたちにはきっといい唄なんだと思う。

「みんなの歌」に限らず近頃のテレビ番組は
ぼくにとって見るにたえないものが殆どになってしまったし、
ぼくが子どもの頃、
ぼくが心躍らせて見ているテレビに向かって
ぼくのおじいちゃんやおばあちゃんが言ってたから。

近頃のテレビ番組は見るにたえない、って・・・・。


君のためなら

今朝、
幼い友人と出会った。
ぼくの顔を見るなり、
つっかい棒がはずれたみたいに彼は泣き出した。
いつも元気いっぱいの男の子なのに。

どないしたん?

物陰に彼と並んで座り、肩を抱いた。
彼は泣きじゃくりながら、
「お、おかんが、おかんが・・・・」

あとは聞き取れないんだけど、
関西以外の方に念のため、
彼は風邪をひいて苦しんでる訳じゃない。
どうやらお母さんに酷く叱られたらしい。

「お、俺、こん、なん、やったら、天国、行かれへん・・・・」

ぼくは知っている。
彼はヤンチャな子やけど、ムッチャ心根のやさしい男の子。
「君が天国行かれへんかったら誰が天国行けるねん?
 大丈夫、君は絶対行けるから」
うん、と無言でうなずく彼。

「ぼくが先に行って待ってるから」
うん、と無言でうなずく彼。

「ま、ぼくは天国行けるかどうかわからんけどな」
うん、と無言でうなずく彼。

「そこはうんとちゃうやろ!」 

ようやく彼は笑ってくれて、
背中を押したら立ち上がった。

ぼくでよかったらいくらでも話聞くからな!
彼の小さな背中に心からの声をかけた。


あなたに読めるか? 解答編

わからないときはウルシに訊け!

即、答えが返ってきました。

おそらく「とうがに とよむ いらぶじま」
だと思います。
「とよむ(とぅゆむ)」という言葉が、
『とうがにあやぐ(宮古とうがに)』に出てきます。
意味は、「鳴り響く」ということでしょうけれど、
そこから「広く知れ渡る」とか「名を上げる」といった意味になると思います。

そう言われてみれば・・・・。
あのメッセージを目にしたとき、
喉元まで出かかって出なかったのも「とよむ」だったような。

これって「みゃーくふつ(宮古方言)」?
それとも「うちなーぐち(沖縄方言)」?

違うような気がする。
調べてみた。
あった!

漢和辞典の「響」に「とよむ」という読み方はなかったけれど、
国語辞典には「●とよむ  響む」と。
やっぱり方言じゃなかったんだ。

但し、引用文は「宇治拾遺物語」だったり「万葉集」だったり。
つまりヤマトでは使われなくなった古語ですね。

沖縄には日本の古語が残っている、という話はよく聞くけれど、
「響む」もそれだったんだ!

因みに同じ辞書には、
「●どよむ 響む」ともあった。

あ、「どよめく」!
これは今もヤマトで使ってますよね。

とても得した気分で調査活動を終了しました。 

あなたに読めるか?

「響む」って、読めます?

伊良部島を自転車で走ってるとき、
伊良部町役場の前を通った。
壁にはウェルカムメッセージが大書してある。
「・・・・、とうがに響む・・・・」

「とうがに」
とは「伊良部とうがに」という民謡のこと。
毎年「とうがに大会」が開かれるほど代表的な民謡にして名曲、
今回の伊良部上陸に向けてこの唄を練習したけど、
むずかしーよー!

それはともかく、「響む」

このトシだし、そう漢字を知らない方でもないと思うんだけど、
読めん!

何も調べずに読めた方は立派!

解答は次回ね。

ヤマト脱出計画2007winter その5

img_8698h.jpg

残念ながら旅の後半はずっと曇り空で寒い。
数日前、暑くて泳いだのが嘘みたいだ。
でも、サトウキビの花がきれい。

img_8603h.jpg

大晦日は伊良部島一周の旅に出た。
島では正月の準備よりもサトウキビの収穫に忙しそうだ。
小さな島とは言え、鳩間とは訳が違う。
周囲にしてざっと9倍、
人口は100倍以上。
パチンコ屋もあれば斎場まであるのだ。

アップダウンが結構きつかったが、
主立った島の名所を回り、
遅い昼飯に年越し宮古そばを食べたり、
浜で三味線を弾いたりしながら、
4時間余りかけて一周した。



2008年へのカウントダウンも、
昨夜同様、ひとり部屋で飲んだくれながら・・・・。

元旦の朝、
鳩間の英子さんのご実家に連れて行って貰ったあと、
宮古に戻ったが、することもない。
有名な砂山ビーチまで1時間ほど歩いた。
10年ぶりくらいだろうけど、
ここの景色ははっきりと心に残っていた。
三味線で伊良部や宮古の唄を歌ったのが、
今回の旅の最後の思い出となった。

晴れて暑く、人との濃密なつながりを楽しんだ鳩間での前半、
曇って寒く、ひとりで過ごした宮古・伊良部での後半、
正に好対照だったけど、
ぼくにとってはどちらも素敵だった。
ずっと、島の神様に見守られていたのだから・・・・。

ヤマト脱出計画2007winter その4

鳩間と比べてれば大陸にも等しい宮古島。
旅の後半戦です。
濃密な人間的つながりを満喫したぼくは、
一晩をひとり宮古島で過ごし、
伊良部島に渡りました。

港から宿に電話をしたら、
売店を出てください、と。
売店を出るんですか?と携帯で話しつつ出たら、
そこに車が停まっていて、
おばあが携帯を耳に当てている。
「来ましたね」
って、ぼくは局番付きの固定電話に電話したのに、
携帯かよ!

宿に着いて旅装を解き、
早速島を歩きに行こうとしたら、
おじいが自転車を貸してくれた。
これがブリジストンの3段変速だ。
有料のレンタサイクルでもこれはないぞ!

走ってたら、サトウキビの収穫をしているおばあに、
昼飯に誘われた。
やさしいなぁ。
丁重に遠慮して、暫しゆんたくをしてから、
通り池へ。




池の底が海とつながっているという
不思議な通り池は神秘的だった。
潜ってみたかった。

それから下地空港へ。
日本で唯一、旅客機とかが離着陸をする練習場として有名だけど、
師走30日にそんなことしとらんわな。

もう少し島を回ってから、
迷いながら宿に帰った。
途中で「宮の華」の酒造所に寄って、
写真を撮らせて貰った。

晩飯はひとりで食べた。
おじいとおばあは出てこないし、
結構広い宿にひとり、
遠慮なく、三味線を弾いたりしながら飲んだくれて、寝た。
部屋にバスルームがある民宿なんて初めてだった

ヤマト脱出計画2007winter その3

鳩間3日目も最高の天気でした。

午前中の船で島を出るビオファミリーを見送ってたら、
「河童さん!」と声をかけられた。
「おぉ!」

沢村さんだった。
沢村一樹によく似たイケメンだったので、
初めて鳩間で出会ったときにぼくが命名しておきながら、
咄嗟に沢村さんの名前が出てこない。
トシである。

でも、こんな旅行者同士の再会がたくさんあるのも鳩間だ。
今夜呑もうねぇ。

昼間は島の道をブラブラ一周して、
それから君枝ねぇねぇを訪ね、
コーヒーを飲みながらのんびりとゆんたく。

夕方は建次さん、博明さんと呑み、
夜は加治工勇さんたちと、
琉球フェスティバル大阪のビデオを見ながら呑んだ。
出演者と一緒に、
裏話を聞きながらビデオを見るというのはとても楽しかった。

沢村さんと再会の祝杯を挙げることができなかったのは残念だったけど。
こうして鳩間最後の夜が更けていく。
あっと言う間の、最高に幸せな時間だった。

4日目の朝、
予想通り、石垣への船は欠航。
チャーターをお願いして西表まで渡り、
そこからバスと船を乗り継いで行かなければならない。
2日間ずっと定期便が出てたのに、
ぼくが出るときには出ないのだ。

でも、この日は正月用の買い出しに、
建次さん、英子さん、加治工ご夫妻に佐藤さんも石垣に出るという。
これなら寂しくないですねぇ。
豪華メンバーで石垣入りし、
「また来年! よいお年を」と桟橋でお別れした。

それからぼくは港の前の刺身屋さんでビールを呑んで昼飯にした。
魚屋さんなんだけど、
店の前がオープンカフェ、じゃない、
オープン飲み屋さんになっている。
そのお店に大きな荷物を預けさせて貰って、
少し歩いたところにある、海の真ん前のお気に入りの公園で、
三味線を弾いたりしてのんびり時間を潰した。

港に戻り、近くのあやぱにモールをぶらついていたら、
佐藤さんに声をかけられた。
で、結局は皆さんと数時間ぶりの再会を果たし、
帰りの船までの間、呑むことになる。
その店が何と、ぼくが荷物を預けていた刺身屋さんだったんだよねぇ。

しかもそこには、
かつて鳩間に住んでおられたが、
今はずっと石垣におられて、ここ数年お会いできなかったトシおじいも!
買い物の途中で佐藤さんがばったり会ったのだそうだ。
「トシおじい!」「おぉ、河童さん!」



どこまでも、島の神様のプレゼントは続く。

4時過ぎ、皆さんの船を見送った。
いつも鳩間で見送ってもらう皆さんを
逆に見送るというのはちょっと愉快な気分だった。

ぼくはルンルン気分で空港に向かった。
今夜は宮古だ。

娘の気遣い

大晦日に戻ってきていたチッペが
今日、名古屋に帰っていった。

チッペはもう10年近く名古屋に住んでるし、
戻ってくるのは年に10日ほどだし、
今は彼氏と暮らしている。

彼女の感覚では名古屋に「帰る」のだろうし、
ぼくの感覚でも彼女は「帰る」。

でも、見送るぼくに、
チッペはいつも「行ってきます」と言う。

さりげないひと言がちょっとしみた。

ヤマト脱出計画2007winter その2

鳩間2日目の朝はぐったりと目覚めたのに、
悪い島人に朝から呑み会に引っ張り込まれてしまった。
昨日初めてお目もじした東京のマイミクさんも合流。
彼女にはまたとんでもないサプライズをたくさん貰いましたが、
プライバシー保護の観点より、オフリミットです。
結局2時過ぎまで楽しく呑ませてもらいました。

しかし、いつものこととは言え、
明らかに今回はオーバーワーク。
鳩間上陸以来46時間時点で、
36時間以上呑んでいる。

最高の天気だし、
ちょっと酔い覚ましにということで、
潜りに行きました。
冬でもマスクとシュノーケルは持参です。



屋良の浜へ行ってみたら全くの無人だし、
血中アルコール濃度は臨界点に達していたし、
流石に少々慎重になりました。
最高に気持ちよかったです。

6時前にカツおじいのおうちへ行って、
ビオファミリーと一緒に呑み始めました。
人のおうちで再会を喜び合うという不躾なお話。

さらに夜は加治工勇さんたちとお酒を共にしているところへ、
逆にビオ夫妻が合流してきて、
この日も3時半まで・・・・。

鳩間に癒されに来て、
いつも身体はボロボロで帰ります。

ヤマト脱出計画2007winter その1

いつの頃からか、
沖縄、宮古、八重山への旅のことを
ヤマト脱出計画と呼ぶようになりました。
文化、風土、その他明らかに何かが「日本」と違う、
沖縄・宮古・八重山に対する敬意を込めてです。

石垣空港に着いて空港を出ようとした途端、
ビオ妻さんに声をかけられました。
神戸のビオファミリーが鳩間入りすることは知ってたけど、
ぼくの旅程は内緒にしてました。
1日早く鳩間に入り、
ビオファミリーが来たらいきなり声をかけてびっくりさせようという魂胆。
それが逆に声をかけられてびっくりさせられた訳ですね。

ビオ妻さんは九州から合流するお母さんを迎えに
空港まで来たらぼくがいてびっくりしたと。

いきなりのハプニング、
これも神様のウェルカムプレゼントだったんでしょうね。

冬の鳩間は船の欠航が多くて遠い。
8時間余りかかって鳩間に辿り着き、
早速建次さんがウェルカムビールを出してくださり、
次はカツおじいのおうちでシマー、
それから・・・・。

延々2時半まで飲み続け、
酔った勢いでプロのキイボーダーであるターキーさんと
三味線でセッションまでやってしまった・・・らしい。

恥をさらしはしたけれど、初日からトップギアの鳩間でありました。

神様からのプレゼント

昨夜遅く、宮古から那覇経由で帰ってきました。

改めて大阪より、新年あけましておめでとうございます。

って、ぼくは昨年父親を亡くしてますから、
おめでとうを言ってはいけないんですかね?
まぁ、
父親の喪に服するため(?)に
年末から元旦まで八重山・宮古旅をしてきた訳ですから、
元々罰当たりです。

「英子さーん」
さっき鳩間に電話しました。
「あ、はーい!」
名乗る前にわかって貰えるってうれしいことですよね。

「英子さんの実家に行ってお兄さんに会ってきたよ~」
「あらぁ、ホントに?」・・・・。

今回、鳩間のあとに伊良部島へ行こうと決めたことに特に理由はなかったんです。
ところが鳩間に着いて早速英子さんに挨拶に行き、
「英子さんは宮古のどこですか?」
「伊良部」
「えーっ!」

伊良部と言っても少々広うござんす。
周囲約27キロ、人口7500人、集落は8つと書いてあった。
それなのに英子さんのご実家は、
ぼくがたまたま投宿した宿から歩いて1分のところにあった・・・・。

今回の鳩間で、
島の神司を務めておられた君枝ねぇねぇとゆんたくしてたとき、
こんなお話をうかがいました。

「私は、河童さんは勿論のこと、
 島に住む人も観光のお客さんも、
 島の神様に選ばれ、招かれて来ているのだと思ってますよ」

素敵なお話でしょ?

鳩間と出会って以来、
鳩間のみならず島々を巡るたびに必ず起こる
凄い偶然や幸せなハプニングの数々、
本当に不思議に思ってきたんだけど、
それは島の神様からのプレゼントだったんだ。

画像の添付を忘れてました

20080101144310
こんなところにいます。

元旦

伊良部島から宮古島に戻りました。
飛行機までの時間潰しというか、島一番の繁華街で飲食店が全く開いてないというか、
港のマリンターミナルで缶ビールの昼食です。
テレビでは地元の濃い番組やってるし、ムチャのどかで気持ちいいです。
伊良部を出る前に宿のおじいが、鳩間のお母さんである英子さんの御実家に連れていってくれて、お兄さんにもお会いしました。
旅を満喫して、今夜寒い大阪へ帰ります。
みなさん、よいお年をお迎えですか?
今年もよろしくお願いします!

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