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淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第38話

 7時に目が覚めた。やはりハリは寝入ったときの形のままで彼の腕の中に納まっていた。彼が慎重に腕を抜こうとしたが、ハリは目を覚ました。
「ごめん、起こしたね」
「ううん。よく寝た。食欲はないけど睡眠欲は旺盛なんだ」
 三大欲求からの連想で思わず性欲はどうなのかという思いが浮かび、慌てて掻き消した。大体16歳の女性が一般的にどの程度の性的欲求を持っているかなど彼には想像することもできない。しかしハリはあっさりと言った。
「性欲も全然ないよ。JKっていろんなイメージ持たれてるけど、私の場合、女子高生じゃなくて女子高齢者みたいなもんだよ。これから先はどうなるのかわからないけどね」
 彼はJKネタに笑ったが、もしかしたらティーンズの間では定番ネタなのかもしれないと思った。ハリには多分、月経もないような気がした。
「ねぇ、それより電話してみようよ」
「そうだね。決着つけよう」
 電話をかけると時間外だからだろう、自動音声が応答した。
「本日運航予定のフェリーみしまは」
その言い回しが彼を緊張させる。
「片道で出航します」
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 彼が携帯に番号を打ち込むとき、ちゃっかり横からスピーカーボタンを押したくせに、彼の顔と携帯の間に耳を押し込んでいたハリは満面の笑みで彼を見る。やっぱりハリに性欲は似合わないと彼は思う。
「ほらねって言うつもりでしょ」
 彼が言うと、「ううん、違うよ。よかった!」とハリは彼に抱き着いた。彼が硫黄島に行けることを喜んでいる、ハリの素直な言葉だということが彼にはわかった。けれども次の瞬間に照れ隠しのようにハリがつけ加える。
「だってあれだけ何度も私が連れて行くって言ったのに、欠航だったりしたら目も当てられないでしょ。面目が潰れなくてよかったの」
 素直じゃなかった。
「ありがとう。きっとハリのおかげだよ」と彼は素直に礼を言った。

 フェリーみしまは鹿児島港を出て竹島、硫黄島、黒島の大里港を経由し、同じ黒島を回り込んで片泊港が終着となる。翌日、片泊から鹿児島までを逆に辿って帰ってくるのだが、片道というのは片泊まで行った当日にそこから鹿児島まで直帰する便のことを言う。この片道便と往復便が曜日によって組み合わされているのだが、欠航のあとは順延になるらしいので、鹿児島に戻る予定のあさってがどちらの便になっているかよくわからなかった。当日が片道便だった場合、鹿児島に戻ってくることはできないのだ。
 どちらにしてもまた欠航ということになれば帰ってくることはできないのだから、帰れなければそれ以後の予定を調整するしかない。全ては所詮風任せ、波任せだが、なるようにしかならないのだし、多分なんとかなるのだ。沖縄人が「なんくるないさぁ」と言う通り。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】
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淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第37話

 夕方早くにホテルを出た。彼は一昨年に続いて2度目だったが、ハリにも鹿児島県最大の繁華街であり歓楽街であり、昼と夜の顔が全く違う天文館を見せてあげようと思ったし、しばらく入っていない居酒屋にも行きたかった。ことのついでに西郷隆盛像を観に行くのもいいだろう。
 一昨年、吐噶喇列島に渡る日の夜-十島村へのフェリーは深夜に出航する-に入ったカウンターだけの小さな居酒屋は薩摩地鶏の叩きや豚串が美味で、カウンターの向こうに立つ女将の人柄も味わい深かった。再訪したかったが、いくつかの大きな通りから細い横道に至るまで縦横に、広大な海にさえ思える天文館の中で、しかも方向感覚に自信のない彼にそれは不可能な相談だった。ハリは散策の間中、いつもより口数が多く、快活だった。欠航を懸念する自分に気を遣ってくれているのだなと彼は思った。
 ハリと初めて外食に入った店は狙い通り観光客の来ない店で悪くはなかったのだが、地元の若い人たちの盛り上がり方が少々耳障りだった。
 彼は昼食を食べていなかったので地鶏の炭火焼きとガーリックライスをオーダーし、ビールや球磨焼酎を併せた。ハリはと言えば昼食はおろか朝食も、いや一緒に旅をするようになってから一度も何も口にしていなかったが、やはり何も頼まなかった。
「全く食べなくても身体に異状はないの?」と彼が訊く。
 ハリは顔を横に振って、
「うん。全く食べなくてもどれだけ食べてもおんなじ。大勢に影響はない」と、やはり欧米式肯定をし、「でも便宜上つきあうね」と続けた。
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 ハリは割り箸をとって地鶏をつつき、彼が口にしたスプーンをとってガーリックライスを食べようとした。彼がもう1本もらおうと言うとハリは「親子じゃない」と笑い、そのまま彼のスプーンで食べた。
「味はわかるんだよ。これ美味しい。でも食欲というものが決定的に欠け落ちてる感じかな」
 少しだけ影を含んだ笑いをハリが浮かべたので彼は焼酎のグラスの氷を揺すって話題を変えた。
「海の色は上五島もきれいだったけど八重山に限る。でも硫黄島の黄土色の海っていうのも見てみたいよね」
「見てみたい」とハリは言ってから「役場のおじさんも言ってたんでしょ。大丈夫、私が連れて行ってあげるよ」と右手で拳を作り、その内側で胸を叩いた。
 ホテルに戻り、大勢に影響のない一連の作業を律義に済ませたあと、
「ねぇ、今夜はタマと一緒のベッドで寝てもいい?」とハリは言った。
 そのいきなりの要請に彼は戸惑いつつ、これも気遣いの一環なのだろうかと一瞬勘ぐったが、ふたりで眠ることに戸惑いはもうない。むしろ歓迎している。
「ハリがそうしたかったら」と彼が答えると、ハリは「やった!」と嬉しそうにガッツポーズをつくった。
 ハリはまた彼の腕を枕にして寝息を立てる。彼はハリを抱いて眠りに落ちる。エアコンの微かな風がハリの髪を揺らし、彼の鼻をくすぐる。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第36話

 次に姿を現わしたのはあまり歓迎できない代物だった。旭日旗を掲げた潜水艦が浮かんでいたのだ。彼は以前に呉の海でも見かけたことがあった。ハリはこれも初めて見たと珍しがったが、潜水艦などはどこで見かけても不気味なだけだ。
 それ以外には特に見るべきものもなく、桜島の周囲を巡ったりしながら50分かけて港に到着した。
 船を降りる前にボランティアガイドの腕章をつけた老人が彼に声をかけた。
「ずっと旅を続けておられるんですか?」
「え? どうして?」
「いいTシャツを着ておられるから」
「ああ、これですか。一昨年十島村に行ったときのです」
 答えながら彼は満足そうに笑った。鹿児島に入ったので、誰かが目に止めてくれるのではないかと吐噶喇(とから)列島のTシャツを着ていたのだ。
「私も吐噶喇が好きでね、年に一度、全ての島を回る40人限定のツアーがあるんですよ」
 彼が、三島村制覇ができなかったので種子島、屋久島、口永良部島へ行こうと思っていると言うと、老人も若いころは毎年屋久島へ行っていたそうで、当時は縄文杉がまだ見つかっていなかったと言った。
 狙い通りに、しかも島の好きな人を釣り上げることができて彼は気分をよくした。ハリも横で嬉しそうにしていた。
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 30分間隔の循環バスに何度か乗り、島内のいくつかのスポットを回った。終点は湯之平展望台というところだった。一般人が登ることのできる限界の4合目まで走ってくれるのだ。そこからの錦江湾の眺め、噴煙の迫力はなかなかのものだったのだが、このところインパクトの強い旅が続いていたからか、観光名所である島が彼の心に強く響いてくることはなかった。
 帰りの船も特等席に座ったが、風が強く波が割れているのを見ると彼の心が少ししおれた。三島村3島制覇のはずが2島に減り、1島に減り、とうとうゼロになろうとしている。彼の表情を読んだのかもしれない。
「大丈夫。私の強運が硫黄島に連れて行ってあげるから」とハリが弾んだ声を作っていった。少女に気を遣わせてしまったと思い、彼も笑顔をつくる。
「本当に強運なんだったら竹島、黒島へも連れて行ってほしかったもんだね」
「あら、最初から頭を下げて頼んだらそうしてあげたのよ」
 ハリは澄ました顔で返した。
 ホテルに戻ってからハリの勧めで三島村役場に問い合わせの電話を入れてみた。明日の出航は半ば諦めていたが、もし欠航になったらあさって月曜は運休日である。そのまま運休してしまうなら2泊の予定だった硫黄島も見送らざるを得なくなるが、欠航の翌日は運休日でも出航したりしないのだろうか? 
 如何にも村役場のおじさんというような、ぶっきら棒だが親切な初老の男声が応答した。「欠航の場合順延になるから月曜でも船は出ますけど、なに、天候も大分落ち着いてきてるから明日は間違いなく出ますよ」
 きっと長い経験に裏打ちされているに違いない、おじさんの託宣を信じたかった。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第35話

「そうだ、今日の宿の確保だった」
 彼は受話器をとった。
「おはようございます。フロントでございますが」
「あの、この部屋じゃなくてもいいんですけど延泊できますか?」
「少々お待ちください」
 キーを叩く音が聞こえ、「はい、同じお部屋をご用意することができますが、料金の方が」と女性が告げた料金は先ほどネットで調べた料金よりさらに高かった。
「え? ネット予約の方が安いんですか?」
「そういうプランを出しておられる旅行社様もあるかもしれません」
 彼はどうでもいいかと面倒になったが、受話器の向こうの音声も聞こえているのか、ハリがパソコンをせわしなく指さして「こっちにしよう」と無音で言う。
「あの、ネット予約でもいいですか?」
「はい。予約がこちらに届きましたら、同じお部屋を連泊扱いでご用意させていただきます」
「わかりました。すぐに予約を入れますのでよろしくお願いします」
 彼が受話器を置くと、ハリが何度か大きく頷いて言った。
「タマ、めんどくさいから今の電話で予約してしまおうって思ったでしょ。コブがついてるんだから無駄遣いはダメですよ。節約節約」
「はい、わかりました。気をつけます」

 水族館前までバスに乗り、そこから桜島ターミナルまで歩いた。巨大な港なので三島フェリーや十島フェリーの桟橋とはずいぶん離れた場所にある。当然のことながらこちらの方が中心だ。
 よりみちクルーズの乗船券に循環バスの1日乗車券を合わせると割引があり、さらに安くなった。
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 乗船場所に行くとクルーズ船はかなり大きな船だった。土曜日だからか乗客もかなり並んでいたが、あくせくするのが嫌だったので、噴煙を立ち上らせる桜島を眺めたり、のんびりと周囲を散策してから乗り込んだにも関わらず、一番前の特等席に座ることができた。
「ラッキーだね」とハリは喜んだが、あとで船内を巡ってみると階上にも船室があり、その上に展望デッキもあった。誰もが特等席に座っていたのだ。
「ねぇ、パンフレットにイルカが見られるかもって書いてあったよね。私、イルカは水族館でしか見たことないの。見られるかな?」
 水族館なんかにも行ったことがあるのか、と上機嫌なハリを見ながら思った。
「申し訳ないけどその手の幸運には縁が薄いんだな。幸運の女神と仲が良かったら昨日は竹島、今日は黒島への船に乗ってただろうしね」と彼が言った。ハリは少しふくれながら、「私はきっと強運だと思う」と言った。
 すぐに長い汽笛が鳴り、出航した。数分も立たないうちに後方から喚声が挙がる。女性スタッフが「ミナミハンドウイルカです!」と叫ぶのが聞こえた。席を蹴って船べりに出ると、船の間近で十頭余りのイルカが気持ちよさそうに水を切っている。
「ほらね?」とハリは胸を反らせて言う。
「大抵見られるんじゃないの?」と彼は言ったが、女性スタッフによると、船で毎日通勤している人でも見ない人は全く見ないということだった。

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淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第34話

 6時過ぎに目が覚め、うつらうつらしているうちに7時半になった。窓のレースカーテンを生まれたばかりのような陽射しが仄かに照らしている。午前中は雨の予報だったがきれいに晴れている。これなら海も荒れてはいないだろう。昨日のこともあったので、ハリの眠りを気遣ってバスルームから村営フェリーに確認の電話を入れてみると、まるでそうなることは何年も前から決まっていたというように平然とした女性の声が「欠航です」とそっけなく告げた。竹島に続き、黒島も次の機会に回ることになってしまった。
 小さく溜息をついて彼はベッドの中のハリに目をやる。ハリはまるで一度も寝返りを打たなかったかのように、眠りについたときの形のまま、美しい寝顔を天井に向けていた。髪も乱れていない。もしかしたら本当にハリは寝返りなど打たないのかもしれないと彼は思った。その寝顔は上五島の教会で見たマリア像を思い起こさせたし、生まれて間もない赤ん坊のようにも見えた。
 ハリを起こさないようにそっと彼はデスクの前に座り、まずは今日の宿の確保だとパソコンに向かう。このホテルは少し高めではあったけれど完璧なビジネスホテルだったので快適だった。彼は3連泊でいいと思ったが、ネットで調べると料金が跳ね上がっている。こうして旅を続けていると曜日の感覚が虚ろになるが、今日は土曜日だったのか。
 ひとり旅なら彼は安い宿を探したただろう。けれども今はふたり旅だ。もう一度彼はハリの寝顔に目を遣り、やはり3連泊にしようと決め、あとでフロントに電話を入れることにした。
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 それから彼は今日のことを考える。昨日、知覧からの帰りのバスから海が見えたとき、白波が立っていたので今日も欠航が続くことは想定の範囲には入っていた。それに備えて昨夜ホテルに入るとき、ロビーの棚からいくつかの観光パンフレットをとってきていたので、それらを繰ってみる。ほとんどが車での移動を前提にしたものだったが、そんな中に桜島観光のパンフレットがあった。気分的に遠くへの移動も避けたかったので、桜島に渡ることをハリに提案してみようと決めた。
 驚いたことに桜島への船は24時間運航しており、錦江湾を遊覧しながら桜島に渡るクルーズも安い料金だった。島内では循環バスの1日乗車券がお得のようだった。
 コンビニで買ってあったサンドイッチを冷蔵庫から出して食べているとハリが目を覚ました。「うーん」と伸びをすることもなく、よくできたロボットのスイッチが入ったようにパチリと目が開き、しなやかに上半身が起き上がる。その容姿は既に完璧に整っているが人工的ではない。
「おはよう!」
 ハリは陽気な声を出したが、「残念なお知らせがある」と彼は返した。
「え? また欠航? タマは三島村に縁がないんじゃない?」
「かもしれないねぇ。硫黄島には是非とも行きたいんだけどなぁ。」
「明日はきっと大丈夫だよ。私が何とかしてあげる」
 ハリは少しひょうきんな調子で言う。
「そう願いたいね。よろしく」と受けてから、「黒島がダメになったから今日は桜島に渡ってみようかと思ってるんだけど」と続けた。
 それはいいねとハリも賛成した。1日1便だというクルーズ船の出航時刻まで時間があったので、ふたりは桜島情報を検索したりしながら過ごした。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

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