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淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第38話

 7時に目が覚めた。やはりハリは寝入ったときの形のままで彼の腕の中に納まっていた。彼が慎重に腕を抜こうとしたが、ハリは目を覚ました。
「ごめん、起こしたね」
「ううん。よく寝た。食欲はないけど睡眠欲は旺盛なんだ」
 三大欲求からの連想で思わず性欲はどうなのかという思いが浮かび、慌てて掻き消した。大体16歳の女性が一般的にどの程度の性的欲求を持っているかなど彼には想像することもできない。しかしハリはあっさりと言った。
「性欲も全然ないよ。JKっていろんなイメージ持たれてるけど、私の場合、女子高生じゃなくて女子高齢者みたいなもんだよ。これから先はどうなるのかわからないけどね」
 彼はJKネタに笑ったが、もしかしたらティーンズの間では定番ネタなのかもしれないと思った。ハリには多分、月経もないような気がした。
「ねぇ、それより電話してみようよ」
「そうだね。決着つけよう」
 電話をかけると時間外だからだろう、自動音声が応答した。
「本日運航予定のフェリーみしまは」
その言い回しが彼を緊張させる。
「片道で出航します」
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 彼が携帯に番号を打ち込むとき、ちゃっかり横からスピーカーボタンを押したくせに、彼の顔と携帯の間に耳を押し込んでいたハリは満面の笑みで彼を見る。やっぱりハリに性欲は似合わないと彼は思う。
「ほらねって言うつもりでしょ」
 彼が言うと、「ううん、違うよ。よかった!」とハリは彼に抱き着いた。彼が硫黄島に行けることを喜んでいる、ハリの素直な言葉だということが彼にはわかった。けれども次の瞬間に照れ隠しのようにハリがつけ加える。
「だってあれだけ何度も私が連れて行くって言ったのに、欠航だったりしたら目も当てられないでしょ。面目が潰れなくてよかったの」
 素直じゃなかった。
「ありがとう。きっとハリのおかげだよ」と彼は素直に礼を言った。

 フェリーみしまは鹿児島港を出て竹島、硫黄島、黒島の大里港を経由し、同じ黒島を回り込んで片泊港が終着となる。翌日、片泊から鹿児島までを逆に辿って帰ってくるのだが、片道というのは片泊まで行った当日にそこから鹿児島まで直帰する便のことを言う。この片道便と往復便が曜日によって組み合わされているのだが、欠航のあとは順延になるらしいので、鹿児島に戻る予定のあさってがどちらの便になっているかよくわからなかった。当日が片道便だった場合、鹿児島に戻ってくることはできないのだ。
 どちらにしてもまた欠航ということになれば帰ってくることはできないのだから、帰れなければそれ以後の予定を調整するしかない。全ては所詮風任せ、波任せだが、なるようにしかならないのだし、多分なんとかなるのだ。沖縄人が「なんくるないさぁ」と言う通り。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】
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大正区が好き

連日サイクリングに出かけてるけど、
今日は木津川を渡って大正区へ。

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千島公園には大阪市で2番目に高い山があります。
大正区の昭和山。
標高33メートル!

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なかなか見晴らしもいいんですよ。

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リトル沖縄、平尾商店街に寄ってみた。
来るたびにさびれていく感じだけど、
これは放置じゃなくて意図的だと信じたい。

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沖縄を思わせる、赤いブーゲンビレア?

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帰りは大好きな無料の渡船でショートカット。
久しぶりだなぁ。

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1分半の船旅、

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やっぱりいい気分でした。

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第37話

 夕方早くにホテルを出た。彼は一昨年に続いて2度目だったが、ハリにも鹿児島県最大の繁華街であり歓楽街であり、昼と夜の顔が全く違う天文館を見せてあげようと思ったし、しばらく入っていない居酒屋にも行きたかった。ことのついでに西郷隆盛像を観に行くのもいいだろう。
 一昨年、吐噶喇列島に渡る日の夜-十島村へのフェリーは深夜に出航する-に入ったカウンターだけの小さな居酒屋は薩摩地鶏の叩きや豚串が美味で、カウンターの向こうに立つ女将の人柄も味わい深かった。再訪したかったが、いくつかの大きな通りから細い横道に至るまで縦横に、広大な海にさえ思える天文館の中で、しかも方向感覚に自信のない彼にそれは不可能な相談だった。ハリは散策の間中、いつもより口数が多く、快活だった。欠航を懸念する自分に気を遣ってくれているのだなと彼は思った。
 ハリと初めて外食に入った店は狙い通り観光客の来ない店で悪くはなかったのだが、地元の若い人たちの盛り上がり方が少々耳障りだった。
 彼は昼食を食べていなかったので地鶏の炭火焼きとガーリックライスをオーダーし、ビールや球磨焼酎を併せた。ハリはと言えば昼食はおろか朝食も、いや一緒に旅をするようになってから一度も何も口にしていなかったが、やはり何も頼まなかった。
「全く食べなくても身体に異状はないの?」と彼が訊く。
 ハリは顔を横に振って、
「うん。全く食べなくてもどれだけ食べてもおんなじ。大勢に影響はない」と、やはり欧米式肯定をし、「でも便宜上つきあうね」と続けた。
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 ハリは割り箸をとって地鶏をつつき、彼が口にしたスプーンをとってガーリックライスを食べようとした。彼がもう1本もらおうと言うとハリは「親子じゃない」と笑い、そのまま彼のスプーンで食べた。
「味はわかるんだよ。これ美味しい。でも食欲というものが決定的に欠け落ちてる感じかな」
 少しだけ影を含んだ笑いをハリが浮かべたので彼は焼酎のグラスの氷を揺すって話題を変えた。
「海の色は上五島もきれいだったけど八重山に限る。でも硫黄島の黄土色の海っていうのも見てみたいよね」
「見てみたい」とハリは言ってから「役場のおじさんも言ってたんでしょ。大丈夫、私が連れて行ってあげるよ」と右手で拳を作り、その内側で胸を叩いた。
 ホテルに戻り、大勢に影響のない一連の作業を律義に済ませたあと、
「ねぇ、今夜はタマと一緒のベッドで寝てもいい?」とハリは言った。
 そのいきなりの要請に彼は戸惑いつつ、これも気遣いの一環なのだろうかと一瞬勘ぐったが、ふたりで眠ることに戸惑いはもうない。むしろ歓迎している。
「ハリがそうしたかったら」と彼が答えると、ハリは「やった!」と嬉しそうにガッツポーズをつくった。
 ハリはまた彼の腕を枕にして寝息を立てる。彼はハリを抱いて眠りに落ちる。エアコンの微かな風がハリの髪を揺らし、彼の鼻をくすぐる。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

久宝寺緑地

久宝寺(きゅうほうじ)緑地まで走ってきた。

大阪府内4大緑地のひとつだよ。

大阪の人はあとの3つも知りたいよね。
って、わかるか。

服部、鶴見、大泉でした。

久宝寺緑地って八尾市だとばっかり思ってたけど、
なんと、八尾市、東大阪市、大阪市と3市にまたがる緑地だったんだ。

陽気に誘われて家族連れがたくさんいた。

ここの池では魚釣り自由なんだね。
たいてい禁止だけど、のどかでいいな。

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鴨の親子ものどかに日向ぼっこ。
子どもたちの人気を集めていた。

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第36話

 次に姿を現わしたのはあまり歓迎できない代物だった。旭日旗を掲げた潜水艦が浮かんでいたのだ。彼は以前に呉の海でも見かけたことがあった。ハリはこれも初めて見たと珍しがったが、潜水艦などはどこで見かけても不気味なだけだ。
 それ以外には特に見るべきものもなく、桜島の周囲を巡ったりしながら50分かけて港に到着した。
 船を降りる前にボランティアガイドの腕章をつけた老人が彼に声をかけた。
「ずっと旅を続けておられるんですか?」
「え? どうして?」
「いいTシャツを着ておられるから」
「ああ、これですか。一昨年十島村に行ったときのです」
 答えながら彼は満足そうに笑った。鹿児島に入ったので、誰かが目に止めてくれるのではないかと吐噶喇(とから)列島のTシャツを着ていたのだ。
「私も吐噶喇が好きでね、年に一度、全ての島を回る40人限定のツアーがあるんですよ」
 彼が、三島村制覇ができなかったので種子島、屋久島、口永良部島へ行こうと思っていると言うと、老人も若いころは毎年屋久島へ行っていたそうで、当時は縄文杉がまだ見つかっていなかったと言った。
 狙い通りに、しかも島の好きな人を釣り上げることができて彼は気分をよくした。ハリも横で嬉しそうにしていた。
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 30分間隔の循環バスに何度か乗り、島内のいくつかのスポットを回った。終点は湯之平展望台というところだった。一般人が登ることのできる限界の4合目まで走ってくれるのだ。そこからの錦江湾の眺め、噴煙の迫力はなかなかのものだったのだが、このところインパクトの強い旅が続いていたからか、観光名所である島が彼の心に強く響いてくることはなかった。
 帰りの船も特等席に座ったが、風が強く波が割れているのを見ると彼の心が少ししおれた。三島村3島制覇のはずが2島に減り、1島に減り、とうとうゼロになろうとしている。彼の表情を読んだのかもしれない。
「大丈夫。私の強運が硫黄島に連れて行ってあげるから」とハリが弾んだ声を作っていった。少女に気を遣わせてしまったと思い、彼も笑顔をつくる。
「本当に強運なんだったら竹島、黒島へも連れて行ってほしかったもんだね」
「あら、最初から頭を下げて頼んだらそうしてあげたのよ」
 ハリは澄ました顔で返した。
 ホテルに戻ってからハリの勧めで三島村役場に問い合わせの電話を入れてみた。明日の出航は半ば諦めていたが、もし欠航になったらあさって月曜は運休日である。そのまま運休してしまうなら2泊の予定だった硫黄島も見送らざるを得なくなるが、欠航の翌日は運休日でも出航したりしないのだろうか? 
 如何にも村役場のおじさんというような、ぶっきら棒だが親切な初老の男声が応答した。「欠航の場合順延になるから月曜でも船は出ますけど、なに、天候も大分落ち着いてきてるから明日は間違いなく出ますよ」
 きっと長い経験に裏打ちされているに違いない、おじさんの託宣を信じたかった。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第35話

「そうだ、今日の宿の確保だった」
 彼は受話器をとった。
「おはようございます。フロントでございますが」
「あの、この部屋じゃなくてもいいんですけど延泊できますか?」
「少々お待ちください」
 キーを叩く音が聞こえ、「はい、同じお部屋をご用意することができますが、料金の方が」と女性が告げた料金は先ほどネットで調べた料金よりさらに高かった。
「え? ネット予約の方が安いんですか?」
「そういうプランを出しておられる旅行社様もあるかもしれません」
 彼はどうでもいいかと面倒になったが、受話器の向こうの音声も聞こえているのか、ハリがパソコンをせわしなく指さして「こっちにしよう」と無音で言う。
「あの、ネット予約でもいいですか?」
「はい。予約がこちらに届きましたら、同じお部屋を連泊扱いでご用意させていただきます」
「わかりました。すぐに予約を入れますのでよろしくお願いします」
 彼が受話器を置くと、ハリが何度か大きく頷いて言った。
「タマ、めんどくさいから今の電話で予約してしまおうって思ったでしょ。コブがついてるんだから無駄遣いはダメですよ。節約節約」
「はい、わかりました。気をつけます」

 水族館前までバスに乗り、そこから桜島ターミナルまで歩いた。巨大な港なので三島フェリーや十島フェリーの桟橋とはずいぶん離れた場所にある。当然のことながらこちらの方が中心だ。
 よりみちクルーズの乗船券に循環バスの1日乗車券を合わせると割引があり、さらに安くなった。
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 乗船場所に行くとクルーズ船はかなり大きな船だった。土曜日だからか乗客もかなり並んでいたが、あくせくするのが嫌だったので、噴煙を立ち上らせる桜島を眺めたり、のんびりと周囲を散策してから乗り込んだにも関わらず、一番前の特等席に座ることができた。
「ラッキーだね」とハリは喜んだが、あとで船内を巡ってみると階上にも船室があり、その上に展望デッキもあった。誰もが特等席に座っていたのだ。
「ねぇ、パンフレットにイルカが見られるかもって書いてあったよね。私、イルカは水族館でしか見たことないの。見られるかな?」
 水族館なんかにも行ったことがあるのか、と上機嫌なハリを見ながら思った。
「申し訳ないけどその手の幸運には縁が薄いんだな。幸運の女神と仲が良かったら昨日は竹島、今日は黒島への船に乗ってただろうしね」と彼が言った。ハリは少しふくれながら、「私はきっと強運だと思う」と言った。
 すぐに長い汽笛が鳴り、出航した。数分も立たないうちに後方から喚声が挙がる。女性スタッフが「ミナミハンドウイルカです!」と叫ぶのが聞こえた。席を蹴って船べりに出ると、船の間近で十頭余りのイルカが気持ちよさそうに水を切っている。
「ほらね?」とハリは胸を反らせて言う。
「大抵見られるんじゃないの?」と彼は言ったが、女性スタッフによると、船で毎日通勤している人でも見ない人は全く見ないということだった。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第34話

 6時過ぎに目が覚め、うつらうつらしているうちに7時半になった。窓のレースカーテンを生まれたばかりのような陽射しが仄かに照らしている。午前中は雨の予報だったがきれいに晴れている。これなら海も荒れてはいないだろう。昨日のこともあったので、ハリの眠りを気遣ってバスルームから村営フェリーに確認の電話を入れてみると、まるでそうなることは何年も前から決まっていたというように平然とした女性の声が「欠航です」とそっけなく告げた。竹島に続き、黒島も次の機会に回ることになってしまった。
 小さく溜息をついて彼はベッドの中のハリに目をやる。ハリはまるで一度も寝返りを打たなかったかのように、眠りについたときの形のまま、美しい寝顔を天井に向けていた。髪も乱れていない。もしかしたら本当にハリは寝返りなど打たないのかもしれないと彼は思った。その寝顔は上五島の教会で見たマリア像を思い起こさせたし、生まれて間もない赤ん坊のようにも見えた。
 ハリを起こさないようにそっと彼はデスクの前に座り、まずは今日の宿の確保だとパソコンに向かう。このホテルは少し高めではあったけれど完璧なビジネスホテルだったので快適だった。彼は3連泊でいいと思ったが、ネットで調べると料金が跳ね上がっている。こうして旅を続けていると曜日の感覚が虚ろになるが、今日は土曜日だったのか。
 ひとり旅なら彼は安い宿を探したただろう。けれども今はふたり旅だ。もう一度彼はハリの寝顔に目を遣り、やはり3連泊にしようと決め、あとでフロントに電話を入れることにした。
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 それから彼は今日のことを考える。昨日、知覧からの帰りのバスから海が見えたとき、白波が立っていたので今日も欠航が続くことは想定の範囲には入っていた。それに備えて昨夜ホテルに入るとき、ロビーの棚からいくつかの観光パンフレットをとってきていたので、それらを繰ってみる。ほとんどが車での移動を前提にしたものだったが、そんな中に桜島観光のパンフレットがあった。気分的に遠くへの移動も避けたかったので、桜島に渡ることをハリに提案してみようと決めた。
 驚いたことに桜島への船は24時間運航しており、錦江湾を遊覧しながら桜島に渡るクルーズも安い料金だった。島内では循環バスの1日乗車券がお得のようだった。
 コンビニで買ってあったサンドイッチを冷蔵庫から出して食べているとハリが目を覚ました。「うーん」と伸びをすることもなく、よくできたロボットのスイッチが入ったようにパチリと目が開き、しなやかに上半身が起き上がる。その容姿は既に完璧に整っているが人工的ではない。
「おはよう!」
 ハリは陽気な声を出したが、「残念なお知らせがある」と彼は返した。
「え? また欠航? タマは三島村に縁がないんじゃない?」
「かもしれないねぇ。硫黄島には是非とも行きたいんだけどなぁ。」
「明日はきっと大丈夫だよ。私が何とかしてあげる」
 ハリは少しひょうきんな調子で言う。
「そう願いたいね。よろしく」と受けてから、「黒島がダメになったから今日は桜島に渡ってみようかと思ってるんだけど」と続けた。
 それはいいねとハリも賛成した。1日1便だというクルーズ船の出航時刻まで時間があったので、ふたりは桜島情報を検索したりしながら過ごした。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

普通のありがた味

親しくしていただいている蔵田美和画伯の個展が、
あべのハルカスのギャラリーであったので、
友人のぴがし画伯を誘ってお邪魔した。

けれどもコロナ禍はこんなところにも影を落としてたのね。

だってさ、ハルカスも営業自粛してたから、
個展は開かれるかどうかわからない。
でも、全ての準備は整えておかなければならない。

案内状が刷りあがっていても発送できないしさ。

ハルカスの営業が再開したのは一昨日のことだったし、
個展の開催決定も同じことだったとか。

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ハルカスはガラガラだったけど、
ギャラリーは予想外に人が多かった。
絵に飢えていた人も多かったのかな。

皆さんもよかったら覗いてあげてください。
ぼくには芸術などわからないけど、癒される絵です。

蔵田さんと旧交を温め(って、毎日メールのやりとりしてるけど)、
ぴがしを紹介したけど、
それもブログのおかげで「初めてとは思えませんねぇ」

オマケもついてた。

隣りのギャラリーで、
ぼくの学生時代の先輩のお姉さんが個展やってた。
佳江子先輩もスタッフしてはって、
10年ぶりくらいの再会だったかなぁ。

蔵田さんもぴがしも連載小説を読んでくれてるので、
最後はその話になり、「今後ともご愛読のほどを」。

個展会場をあとにし、
当然ぴがしと飲むのだが、
店が開いてない。開いてた小さな店は満員。

で、てんしばで缶ビール飲んだ。
結構人も多かったよ。

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狭い居酒屋よりずっと気持ちよかったんで、
もう一度コンビニまで缶ビール買いに行った。


本当に本当に久しぶりに、普通の生活をしたような気がする。
やっぱり普通っていいもんだね。



淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第33話

 外に出ると雨は上がっていて、来たときと違う道を通ると「平和の鐘」があった。彼はあまりそういうことをしない方だったが、ハリとふたりで綱をとり、撞いた。まろやかな音がし、余韻が長く響いた。
 彼は少し恥ずかしかったが歩きながら、若いころに好んで歌った反戦歌のひとつを口ずさんだ。

 今でもぼくは思い出すのさ あの頃のことあの日の人
 ぼくと同じ学生だった 国のためと死んでいった。
 君は若くたくましく 短い命だったが
 幻の翼と共に炎の中に消えてしまった

 君はある夜私に行った 恋人と別れてきたと
 ぼくは今も覚えてるのさ あのとき君のまなざし
 君が死んだ次の夜に 悲しい涙であの娘も死んだ
 もういやだこんな世界は もう二度と見たくない 
               (西岡たかし 『まぼろしのつばさと共に』)

 ハリは鼻にハンカチを押し当てながら聞いている。
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 その夜、知覧の重さをふたりは引きずっていたが、それを振り払いながらこれからの行く先を考えた。細かい計画はあとにしたが、明日は黒島、その次の日から硫黄島。そこまでは決まっている。三島村の3つの島を制覇するためにはもう一度竹島を目指すことも考えられたが、今回は縁がなかったということにして、次の機会のためにとっておくことにした。同じように船が欠航した端島には仕切り直して渡ったが、ハリが道連れになった今、何故か彼の中には、後戻りはせず流れに任せたいという思いが生じていた。
 それならと、新たな3つの島を考えてみた。三島村の南、十島村の北に位置する種子島、屋久島、口永良部島の3つだ。種子島にはさして惹かれるものはなかったが、そこは3つにこだわってみる。ハリも屋久島や口永良部島には興味を覚えたらしく、大いに賛意を表明した。
 ふたりは額を突き合わせながらパソコンの小さな画面を覗き込み、宿の状況や船の時刻表などを見て日程や行程に無理がないかを調べる。パソコン画面と同時に何かを調べたいときにはハリが彼の携帯を使って検索した。
 黒島、硫黄島から鹿児島に戻ったら指宿にでも足を延ばし、それから種子島、口永良部島、屋久島と回る。そんなコースが見えてきたので、ふたりは満足した。
 ハリはどれも私の大勢には影響がないんだけどと言ったが、彼がどうも落ち着かないから普通にしてほしいと頼んだので、渋々バスを使い、ホテルの部屋義着に着替え、歯を磨いた。
「おやすみなさい」
「おやすみなさい」
 ハリは先に右側のベッドに入ってすぐに寝息を立て始める。彼は缶ビールを1本飲み干す間、香住の居酒屋に始まったハリとの奇妙な履歴を反芻する。もう何度もそんなことを繰り返してきたが、自分の横で眠っているハリを眺めながらの反芻は初めてだった。軽く筋トレをしてから左側のベッドに入る。ハリを抱いて眠れないことにふと物足りなさを感じる。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第32話

 次の朝、いつかハリを見かけた砂丘の砂粒のような雨が降っていた。駅前からバスに乗って港の近くまで行き、小さな折り畳み傘ひとつに収まって、それぞれの右肩と左肩を濡らしながらフェリー乗り場まで歩いた。国や県に対応する業務が多く、島への足が不便なことから三島村の役場も十島村の役場もこの港の中に設置されている。その近くにある村営フェリーの待合室付近に人影は全くなかった。小さな駐車場の向こうに建物があるのだが、駐車場にはチェーンが渡され、閉鎖されている。鎖をまたぎ、入り口に辿り着いたふたりを待っていたのは「本日は天候不良のため欠航します」の看板だった。
 小雨で風もなかったので欠航などということに考えは及んでいなかった。彼は落胆し、ふたりは仕方なくバス乗り場に折り返した。
 1時間ほど前にチェックアウトしたホテルに戻り、今度はふたりで玄関をくぐり、フロントでツインの部屋を予約した。そして今日は知覧に行ってみることにした。
「傘を買いに行こう。合羽でもいいかな。着替えもいるだろうし」
「いらないよ。そんなに降ってないし私タマとの相合傘気に入ってる。着替えも制服があるから大丈夫だよ」
「いやいや、竹島はダメになったけど、明日は黒島、あさっては硫黄島に行く予定だし、観光客が島をセーラー服で歩くのはさすがにおかしいよ」
「大丈夫大丈夫」「いやいやいや」を込めて首を振り合う沈黙の押し問答の末、結局替えのTシャツだけを買ってふたりはバス停に向かい、知覧へのバスに乗った。知覧までは結構距離があった。
 知覧特攻観音入口という停留所で降りた。バスを降りたのは数人だったが、広い駐車場には観光バスや車がずらりと並んでいる。知念特攻平和会館までには、戦闘機のレプリカなどを見ながら園地の中を少し歩かなければならない。雨はほとんど止んでいたが、ふたりはひとつの傘で歩いた。
 チケットを買って館内に入ると、実物なのだろう、外にあるものとは違うボロボロに朽ちたゼロ戦があった。すぐにビデオ上映が始まるというアナウンスが入ったので視聴覚室に向かう。小さなホールのような室内には数十人の人がいた。特攻隊に関しても彼は特に詳しい知識を持っていたわけではなく、ハリに尋ねたら彼女も同様だったので、30分のビデオは興味深かった。
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 欧米人にカミカゼアタックと恐れられた「自爆テロ」の第一隊が1945年、沖縄に向けて飛び立ったのは彼の誕生日と同じ日だった。隊員の遺書もいくつか紹介されていたが、幼い子どもに宛てた手紙にはやはり胸が熱くなった。私たちがいたらあなたの大望の足手まといになるだろうからと2人の幼い子を連れて入水した、隊員の妻の遺書も朗読された。
 17歳から19歳まで5人の隊員の写真も映された。撮影した新聞記者がいつ出撃するのかと訊いたらいよいよ明日ですという答えだったという。しかしその写真の5人は、まるで家族旅行に出かける前日ででもあるかのようににこやかに笑っている。彼は社会を恐怖に陥れた邪悪な宗教団体を想起した。同じ構図だ。国家的マインドコントロール、狂気の世界。
 ハリはハンカチを取り出して何度も目頭を拭っている。
 上映が終わり、ふたりは館内の展示を見て回った。生々しかった。原爆や水俣病の被害者とは種類の違う生々しさがそこにはあった。それは特攻隊員たちがもちろん軍国主義の被害者ではあったのだが、自発性を含んでいたからだろうか。
 自分とさして歳の変わらない隊員も多かったからか、ハリは落ち込んでいるようにさえ見えた。それと比べて高齢の見学者たちの雰囲気がどこか軽いように感じられ、笑い声まで発している一団からはハリに向けて、「お姉ちゃんきれいな顔してるねぇ」などという声までかかり、二重に不愉快だった。

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検察庁法案見送り

国民の 声を聞いてと 舌打ちし

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第31話

「どうして旅をしてるの?」
「特別に旅が好きってわけでもないけど、昔からずっと帰る日の決まってない旅っていうのに憧れてた。仕事してたらそんなことできないでしょ。今は仕事を辞めたから、その夢を叶えてるわけね。誰かのおかげで奇妙な旅になったけど」
「それは失礼しました」とハリも冗談ぽく返し、「明日はどこへ行くの?」と訊いた。
「そういうのはわかってるんじゃないの?」
「うん。でも、便宜上」
「そうですか。わかりました。
 三島村って、黒島、竹島、硫黄島という3つの島からできてる村があって、どれもよそに同じ名前の有名な島があるんだけど、その3つの島を回ってみようと思ってる」
 それから彼は同じ鹿児島県にある、三島村よりさらに南の十島村について話をした。恐ろしく不便なフェリーで島を巡るのだが、ここには三島村と違って有人島は7つしかない。ある島では彼がフェリーの中で知り合った若者たちと仲良くなって島を歩いていたら、見知らぬ島民が軽トラを貸してくれて島中を走り回った。またある島ではたまたま出会った島民が車で丸一日島を案内して回ってくれた。ある島の潰れそうな民宿では、浴室に入ると洗い場のタイルの隙間から木が生えていた。
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 そんな面白おかしい彼の旅の話をハリは楽し気に聞いていた。一段落したとき、「ところで」と彼が真顔になった。
「これからもぼくについてくるつもりだったら、本当にお金のことはいいから、ふたりで一緒に移動して旅を続けようよ。宿もちゃんととってさ」
 ハリは彼の提案にためらいの表情を見せた。
「ぼくにはお金なんかのことよりその方がずっと価値のあることのように思えるんだ。ふたりで旅をしようよ」
「わかった、ありがとう。そうする。オーダキリカに邪魔されるのいやだし」
「よし。じゃ、改めてよろしく!」
 彼の差し出した手を何かのマスコットのように小ぶりなハリの手が握った。ハリの手は大理石を削って作った彫刻のように白く、ひんやりと冷たい。
「フロントに行ってハリの部屋をとってくるよ」
「それはいい」
「だってこの部屋はシングルだし、夜は帰るのかい?」
「ううん、一緒にいた方がいいんでしょ。そのベッド広いもん」
 ひとつ部屋に寝ることにだって抵抗があるのに、まさかひとつのベッドにふたりで寝るというつもりなのか? 彼は焦った。
「いや、それはちょっとまずいよ? ハリは女の子なんだしぼくだって・・・・」
「親子でしょ?」
 その夜、ハリは彼の腕を枕にして眠った。もう長い間女性を抱いて眠ったことなどなかった彼の戸惑いは相当のものだったけれど、すぐに小さく規則的な寝息を立て始めたハリを見ていると、抱いているのは彼なのに、想像もつかないほど大きなものに抱かれているような錯覚を覚えた。ハリの身体からはいつだったか、そう初めて言葉を交わした滝の前ですれ違ったときに香ったとても懐かしい匂いがする。彼も眠剤に頼ることなく、すぐに眠りに落ちる。     

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淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第30話

 彼が予約してあった駅前の大きなビジネスホテルにチェックインするとき、ハリは外で待っていると言った。お金のことはいいからもうひと部屋とろうと彼は誘ったが、今日はもうお金を使わせてしまったし、節約できるところは節約した方がいいとハリは譲らなかった。
「でも、またオーダキリカに邪魔されるといけないから、ご飯を何か買ってから部屋に入ってくれない? あとからすぐに行く」
 オーダキリカが何をどんな風に邪魔するのかは依然としてわからなかったが、彼は承諾した。
「わかった。何か買いに行こう」
 駅前のコンビニで彼が適当に夕食と酒を買い、「ハリは何を食べる?」と訊くと、
「私は食べても食べなくても大勢に影響はないからいらない」と言い、彼が勧めても何も手にしようとはしなかった。
 コンビニの袋を下げて彼がチェックインを済ませ、携帯やパソコンの充電ケーブルをつなぎ終えたところで部屋にノックの音が響いた。オーダキリカに邪魔されることはあるにせよ恐らく自由に空間を移動できるに違いないハリだが、そこは礼儀を重んじたいようだった。
 この日もハリはベッドに座り、彼はデスクの前に座った。彼が食べながら飲みながらパソコンに向かって作業をするのをハリは興味深そうに見ていた。
「お待たせ。これでOK。しなければならないことは終わった。さてと」
 彼がハリに身体を向ける。ハリが口を開く。
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「まだ何か訊きたいことはある?」
「うーん、いくらでもあるけど、思いつくまでに並べて見ようか。どこに住んでるの? ご両親は? 移動手段は? 栄養はどうして摂るの? 学校は? どうしてここにいるの?
 もっと並べてもいいけど、ひとつだけわかってることがある。それは多分どの質問にもハリは答えないということだね」
 ハリはにっこり微笑みながら首を左右に一往復させ、いつかもそうだったが、またも欧米式に肯定の意を示した。それはハリの癖なのだろうか。
「もうそんなことどうでもよくなってきたよ。君がどれほど不自然で不思議な存在でも、君をそのまま受け容れる。君が今ここにいることこそが大切なことなんだ。
 なんてカッコいいことを言うガラじゃないけど、ハリと一緒にいるのは決していやじゃないよ。って言うか、心地よい」
「ありがとう」とハリは嬉しそうに笑う。
「ぼくに訊きたいことってある? ぼくも答えたくないことには答えないけど」
 ハリは首を傾けて思案顔になり、
「結婚はしないの? 彼女とかいないの?」と、彼に対して初めての、2つの質問をした。
「結婚はしない。するつもりもない。理由はあるんだけど、ま、もてないから彼女も結婚相手も見つからないっていうことにしておこうかな。こんな歳になっちゃったしね」
「寂しくないの?」
「そうだね、先のことを考えたら寂しいと思うこともあるけど、勝手気ままな人間だから、基本的にはひとりが楽かな。友だちも全然いないわけじゃないし」
「私は友だち?」
 そう訊きながらハリの表情から笑みが、流れ星がよぎるほどの間消えたので、彼は咄嗟に逃げた。
「友だちじゃないよ。親子でしょ」と笑う。
 ハリも魅力的な笑みを戻した。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

ご無沙汰図書館

今日から市内の図書館が全館再開された。

早速行ってみた。
2か月ぶりだよぉ。

込んでるかなと思ったけどガラガラだった。

休館中に書架の大整理が行われたのか、
書籍の位置が変わってた。

2冊借りてきたけど、
これまで貸出期間は2週間だったのに、
入館者を分散させる目的だろうか、
6月10日まで26日間に延長されてた。

やっぱり本のにおいっていいなぁ。

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第29話

「で、ぼくはこれから鹿児島に出るつもりだけど、ハリはどうする? 一緒に来るのかな?」
 ハリは頷いてからから答えた。
「一緒に行きたいけどあんまりお金は使わせたくないから鹿児島で合流する」
「別にそんなこと構わないよ。当分困らないだけの蓄えはあるし、なくなったらまた働けばいいだけだから」
「うん、わかった。お世話になることもあると思うけど、今日はそうするね」
 ハリは快活に答えた。その中身はともかくとして、紛れもなく普通の会話になっている。そうした「普通」のハリとの会話に既に順応している自分に彼は気づいた。「普通」になる前の、まるでピカソの絵のように断片的な口ぶりよりはずっといい。

 水俣から出水へ出、鹿児島中央駅まで新幹線を使えば45分だが、各停を乗り継いで行くと2時間半かかった。鹿児島市街に近づくにつれてさすがに乗客は増えて行き、鹿児島中央駅は大量の人間で溢れかえっていた。彼が案内所で用を済ませたあと、人波に加わって気が付くと隣をハリが歩いていた。
「えへ」と照れたように笑って舌を出した表情は彼にはあどけなくさえ見えた。けれども周囲を歩く人たち、対向する人たちの目は無遠慮にハリに注がれる。露骨にハリの全身を舐めまわす視線もあった。脇にベンチが施された大階段を降りるときには、たむろしていた如何にもという風体の若い男の一団から囃し立てる下卑たセリフや口笛まで飛んだ。全く意に介さない風でハリは表情も変えなかったが、これでは彼がたまらない。まるで人気アイドルでも連れ歩いているようだ。繁華な場所ではセーラー服も目立ってしまう。これではハリの身に危険さえ出来するかもしれない。
   IMG_4736.jpg
 彼はハリを近くのショッピングモールに連行しながら言った。
「つばの長いキャップを買いなよ。それから何か手軽でラフな服と、制服が必要だったらそれを入れるバッグか何かも。買い物はできるのかな?」
「バカにしないで」
 彼の意を察したのか、苦笑しながら抗議するハリに、彼は財布から1万円札を3枚取り出して渡した。
「ごめんね」
「構わないよ。ぼくは煙草を吸ってくるけどいいかな?」
「うん」
 これまでの、女性とのショッピングの経験から、ずいぶん待たされるかもしれないと彼は思ったが、それほど待たされることもなく、キャップを目深にかぶり、何かのロゴのプリントされた淡いイエローのTシャツとジーンズ姿に変身し、生成色のトートバッグを肩にかけた今風の-だと思う-ハリと再会することができた。
 服など見苦しくない程度に着ていればいいだけの彼には若いファッションなど-若くないファッションでも同じことだったが-全くわからなかったけれど、悪くないと思った。ただ、その装いでは、ここまで制服やネクタイに隠されていた胸元にそれなりのふくらみを窺うことができてしまう。
「お金使わせちゃった」とかなり質素な買い物をしたことがわかる残金を差し出したハリを遮り、
「お金はいいから、もう一度行って何か羽織るものも買っておいで。それ以外にも必要なものがあったら買えばいいから」とハリの背中を再び彼は押しやった。
 帰る日の決まっていない、彼ひとりの旅は18日めで終わった。そしてこの日からふたりの旅が始まった。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

どっかの大統領よりはマシ?

写真入りの身分証を持っていなかったので、
ずっと前にマイナンバーカードを作ってあった。

で、携帯で定額給付金の申請をしてみた。

お前みたいな隠遁者は不利益をこうむってないだろって?
そんなことないよ。
ささやかな老後の資産がとんでもないことになってる。

けど、申請はすんなりいかない。
なかなかうまくいかなかったのは、
ブラウザをプライベートモードにしてたから。

今まで知らなかったけど、
基本的にそういう設定になっていて、
これをオフにしないと申請が最後の最後でエラーになるわけ。
ホント、最後の最後にだよ。
もっと早くエラーにしてよぉ!

ま、それはぼくの責任だけど、
マイナポータルとかいう申請用アプリが何とも面倒なアプリで、
ホントに時間がかかった。

苦闘の末、とりあえず申請は受理されたけど、
さて、いつ入金されるのかな?

そう言えばマスク配布ってあったよね。
あの人だけが意地みたいにつけてるマスクなんか、
送られても恥ずかしくて使えないけど、
もう町のどこでもちゃんとしたマスク売ってるよね。

別にそんなことで政権を責めようとは思わないけど、
総理と言い、どこやらの知事たちと言い、
騒ぎに乗じて利を得ようという魂胆が見え見えで、
みんな民のことなんか本気で考えてはいない。

それがとっても哀しいよね。

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第28話

 どうするつもりなのかはやはりわからなかったし、ハリが普通になって何がどう変わるのか、極めて不透明だったが、申し出を笑い飛ばすわけにもいかない。
「よし、わかった。じゃ、こうしよう。丁度歳回りもそんなもんだし、ハリとぼくは親子っていうことにしよう。あくまで便宜上の話だけど」
「お・や・こ?」
 ハリの表情が少しの当惑に続いて少し緩んだ。彼が初めて目にする表情だった。
「うん、別に誰かがぼくたちの関係を訊いてくることもないと思うから、これはぼくたちの中だけの話なんだけど、そういうことにしておけば少しは落ち着ける気がするんだ」
「わかった。普通にする。親子になる。便宜上でも構わない」
 ハリは明らかな笑顔を浮かべた。彼は初めて見るその笑顔の愛くるしさに吸い込まれそうになった。
「じゃ、見学を再開しようか」
 ふたりは再び資料館に入った。小学生たちはレクチャールームのようなところに詰め込まれているところだった。語り部からの聞き取り学習が始まるらしい。
「すいててよかったね。私、人込みは苦手」
 ハリが彼を振り向いて言った。彼は驚いたようにハリを見つめる。彼女が初めて、決して必要不可欠とは言えないセリフを口にしたのだ。それも極めて一般的な語り口で。戸惑いながら「ぼくもだ」と彼が言うと、そんな彼にハリは悪戯っぽい笑顔で言う。
「普通普通」
 何かがドラスティックに変質していた。
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 館内にはC社の概要も展示されていた。
「Cって、もうとっくに潰れたんだと思ってた」
 ハリが意外そうに言う。まだその口ぶりに彼は慣れないが、C社に関する認識について言えば彼も似たようなものだった。Cという一企業が海に有機水銀を垂れ流し、それが恐るべき災禍の原因になったことは常識の範疇だが、70年近い時を経て、未だにCが操業しているという事実は、こちらに来て水俣の地図の中にC社の社屋が記されているのを見るまで知らなかった。エコ企業としてオムツから点滴パックまで生活に密着した製品を手広く生産しているという。
「ぼくもおとといまで知らなかった。何かちょっと複雑だよね」
 史上初めての公害病として人間を襲った水俣病のどす黒い記録や証言ビデオを、ふたりは肩を並べて見学した。それらは「普通」になったふたりをも無口にさせる。
 資料館を出るとき、どうしても割り切れない気持ちがこびりついていたので、彼はスタッフの中年女性をつかまえ、丁寧な態度で水を向けてみた。
「Cが今も営業し続けてるんですね」
 スタッフを素早く反応した。
「そのことを非難するお客様もおられますが、Cは今排水も止めてエコ製品をたくさん作っています。水俣市の税収の半分はCが納めていますし、働いている人も多いんです。今も患者さんはたくさんおられますから、Cが潰れたりしたら補償金もとれなくなります。Cは水俣にはなくてはならない存在なんですよ」
 水俣病の原因が明らかになり、訴訟が始まった当時から闘争に反対したり嫌がらせをしたり、Cを擁護する立場の市民も多かったと言う。
「それじゃあ今はCに対する反感なんか市民にはないんですね?」
 彼が少し揺さぶりをかけると、スタッフは芋虫を噛んだような顔になった。
「心の中はともかく表面的にはありませんね」
 彼は追いかける。
「じゃ、心の中には?」
「そりゃありますよ!」
 スタッフは一瞬の間を置いてから、喉の奥に詰まった錠剤を吐き出そうとでもするかのように言った。その声には彼女の身内に患者がいるのではないかと思わせるほどくぐもった響きが含まれていた。
彼の中で何かがすとんと落ちた。口を封じている、封じさせられている、封じざるを得ない人がいるのだ。その構図は原発と同じだ。
本音を吐露してくれたスタッフに、彼は深く頭を下げて外に出た。ハリも同じように頭を下げた。この無料施設の運営費も直接的にか間接的にかは別にして、C社が担っているのかもしれないと彼は思った。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第27話

 次の日、彼は水俣病資料館を訪ねた。石牟礼道子の『苦界浄土』をきちんと読んだわけでもない。さほど詳しい知識を持っていたわけでもない。けれども水俣の港ではある日、飛んでいたカラスが空から落ちてきて死んだと言う。それは一体いつ知ったことなのか、それが事実だったのかどうかもわからなかったが、強い衝撃を受けた記憶だけは遺っている。
 水俣病資料館は汚染地域を埋め立てた広大なエコパークの中にあった。入場無料。観光施設ではない。バスを降りたのは彼だけだったので人などいないのかもしれないと思ったが、入り口付近に小学生の団体が2つ、一般見学者も皆無ではなかったので彼はそのことに少し安堵した。注意事項などを聞いているのだろう、小学生の団体が整列しているその向こう側、入り口扉のすぐそばにハリが顔を伏せて立っていた。
 いつどこに姿を現わしても不思議はないとわかってはいるが、いつも驚かされるばかりだ。
「どうしたの?」
 彼が歩み寄って尋ねると、「見学する」とハリは放り投げるように言った。一緒に見学するというのか? そのつもりらしく、ハリは彼の横に並び、小学生たちのあとに続いて館内に入った。
 石牟礼道子の手書き原稿や被害の様相などを、真摯な表情の小学生たちとも一緒に、しばらくふたりは並んで見学した。いや、見学どころではなった。初めてハリと肩を並べて歩いているのだ。彼にはハリが水俣病資料館を見学するなどという情緒的な行動をとることがあまりにも意外だった-情緒的という言い方が適当であるとは思えないが、自分は恐らく情緒的に資料館を訪ねたのだ-。ハリの目にこれらの展示はどう映るのだろうか。彼の思考も心もハリの出現によって明らかに乱されていた。おまけに小学生たちでさえちらちらとハリの顔を窺っている。小学生にもその美しさは非日常的に映ったのだろう。
「ちょっと出よう」
 彼は初めてハリの身体に触れる。小さな肩に手を添えて館外へと促した。彼の手がハリの身体を素通りするようなことはない。実体を伴っている。
 付近には遊歩道も用意されており、水俣の海を眺めることもできた。草原の向こうに、今は安穏としているようにさえ見える量販的な色の海があった。人はいない。          
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 海の近くまで無言で歩き、彼は草の上に腰を下ろした。ハリはその横に立ったまま海を眺めている。彼も海を見つめている。彼が口を開く。
「こういうところに興味があるのかい?」
「ある」とハリは低いトーンで答えた。
「ぼくも興味はあるんだけど、ハリが横にいたらどうも気が散ってね」
 彼は苦笑いをしながら続けた。
「何かハリが普通のこと、普通かどうかわからないけど、こういう場所に現れて、一緒に見学するということにまだ慣れないと言うか・・・・」
「邪魔はしたくない。いない方がいいか?」
 僅かに気が引けたような口調でハリが言った。
「いや、消えてくれと言ってるんじゃないし、ハリが見学したいんだったらそれを邪魔する権利はぼくにもないと思う。ただ、何て言うか、普通な感じがしないだけなんだよ」
 彼は自らの心持ちを上手く説明することができずに少し苛立つ。ハリは答えた。
「それなら、普通にする」
 それがどういう意味かはわからなかったが、そう言うと彼女は彼の傍らに腰を下ろした。
「ハリが普通の16歳になるっていうこと?」
 ハリは小さく頷いた。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第26話

「16歳になる」とハリは答えた。ハリのいつもの物言いからすれば「16歳」だけで切り上げてもいいのにと、違和感めいたものを彼は感じる。
 それ以上に、16歳と言えばそれが高校生の年齢であるということに彼は驚いた。身体が華奢なせいもあるが、醸し出している雰囲気からも中学生だと思い込んでいたのだ。それも中3などではなく。
 女子高生と言えば、そのことの善悪は別にして、世の中では性的な対象として見られることも少なくない。少し時代を遡れば13や14で結婚する例も普通にあった。実際に彼の祖母は14で相手の顔も知らないまま祖父と結婚し、しばらくの間は夫婦生活-夜の-もなかったと言っていた。「十五で姉やは嫁に」行っているのだし、八重山の代表的な民謡とされる『月ぬかいしゃ』は月がきれいなのは十三夜で娘のきれいなのは十七-満ちる前ということだ-だと謳っている。彼には少々抵抗があったが、ミドルティーンやハイティーンが性の当事者であることはそんなにとんでもないことではないのかもしれない。ハリもその年齢に達しているということなのだ。
 けれどもハリは、確かに身体が華奢だということもあるけれど、赤ん坊やそれに近い女児がそうであるようにまだ性的な存在になり得ていないか、あるいは女性を意識させないわけではないが性を超越しているかのように彼には感じられた。
 彼はハリが生まれたころに自分は何をしていたのかと考えてみる。瞬間的に自分を脅かすような重い影が心を襲い、それが実体化しそうになったので彼は慌てて振り払った。そして別の質問をする。
「何故ぼくのこと知ってるのかな?」
「よくわからない」
「どの程度知ってるの?」
「断片的。知らないこともある」
「どうしてぼくの前に現れたの?」
「今は話さない」
「君は霊魂とかそういう存在?」
「それでも構わないが違う。もっと中立的で柔軟」
「人間ではないってこと?」
「人間ではある」
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 それ以上何を訊けばよかったのだろう。訊くべきこと、掘り下げるべきことはいくらでもあっただろうが、そんなことをしてもあまり意味はないように思えてきたし、訊きたくなればまだ機会もあるのだろうと思った。
 ハリは何かの意図を持って自分の前に現れた。人間だとは言うが自分と同じ地平に生きているとはとても思えない。けれども自分に対して悪意で何かをしようといているわけでもない-少なくとも今のところは-。そうであるならば、今さらハリの存在をなかったことになどできないのだから、畢竟、自分にはハリをハリとしてそのまま受け入れるしか手はないのではないだろうか。放っておいてもこれからいろんなことが明らかになっていくのだろう。
 だから彼は最後にこれだけは訊いておこうと思った。
「これからもぼくに会いに来るのかな?」
「そうすると思う」
「わかった。今日はもうこれ以上質問しないでおくよ。答えてくれてありがとう。ハリからぼくに訊きたいことは・・・・ないんだね。じゃ、質疑応答は終わりだ。
 あ、いや、もうひとつだけ。今夜はここに泊まるつもりなのかな?」
「泊まらない」とハリはベッドから腰を上げた。
 ホッとしたような、少しばかり寂しいような気分に、彼はなる。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

初めて見る大阪

大阪巡りをしようと思い立った。
まずは道頓堀へ。

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ひっかけ橋は無人。
戎橋商店街の中を自転車で走るなんて初めてだったよ。

心斎橋から御堂筋を走って梅田へ出てみると、
阪急前もこんな。

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南行き一方通行の御堂筋、
北上するときは歩道だったけど、
戻りは車道。
車も少なくて、難波まで数分だったよ。

難波から新世界へ。
とにかく初めて目にする光景ばかり。

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ビリケンさん、
早く何とかしてくださいよぉ。

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飛田「遊郭」にも寄ってみた。
当然、全休だよねぇ。

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どの店にも同じ張り紙。
とてもイリーガルな町なのに(町だから?)、
とても協力的みたい。

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唯一、いつもと全く変わらない姿だったのは、
釜ヶ崎。

おっちゃんたちがのどかに道端でたむろしてた。

ホッとしたような、
ちょっと心配なような・・・・。

以上、
河童の大阪繁華街(一部を除く)レポートでした。

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第25話

 水俣のホテルも例によって古いビジネスホテルだった。部屋は広く、小さいながらソファーとテーブルがある替わりに空調のリモコンが利かず、アメニティーも貧弱だった。彼は近くにあったスーパーで握りずしとカップ麺を買い込んできたが、湯もフロントまでもらいに行かなければならなかった。
 彼が食事を済ませ、ハリが「続く」と予言、あるいは期待した旅のこれからをパソコンに向かって模索しているとき、ドアをノックする音が聞こえた。あちこち塗りの剥がれた安普請の金属製ドアだったが、重く厚い音がした。彼はベッド横のデスクの前に座ったまま、「どうぞ」と答える。鍵はかけていない。
 軋みながら扉がゆっくりと内側に開き、細い隙間に身体を滑り込ませるようにハリが入ってきた。ハリはフロントをどう通過してきたのだろうか、あるいは通過せずにここまで来たのだろうか、と彼は思った。
「オーダ何とかに邪魔されなかったんだ?」
 やはりその美しさに目を奪われながら彼が訊くと、ハリは軽く首を横に振り、
「怠惰だから」と欧米式に肯定した。首を横に振って肯定するのは日本人には難しいが、どうやらオーダ何とかというのは怠け者らしい。
「座ったら?」
 彼はソファーを指さしたが、奥の窓際にあるソファーではなく、ハリはまだベッドカバーがかかったまま未使用のベッドに腰を下ろした。
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「オーダ・・・・」
「オーダキリカ」
「そう、オーダキリカってどんなヤツなの?」
「説明は難しい」
 難しい説明をする気はないようだった。
「何か飲むなら自動販売機で買ってくるけど」
「飲まない」
「ぼくは失礼してビールを飲むよ」
 彼は買い込んでいた缶ビールを小さな冷蔵庫から出す。緊張というのではないが、閉じられた空間にハリとふたりでいる空気の硬さを和らげたかった。冷蔵庫の利きが悪いのか、缶ビールはぬるくなっている。
「で、またぼくに何かを告げに来たのかな? それとも今日は質問しても構わないんだろうか?」
「構わないがわからないことと話さないことがある」
 前にもそんな言葉を聞いた憶えがあった。
「答えられることにだけ答えてくれたらいいよ」
 前にも言った憶えのある言葉を彼も口にした。
 それから彼はビールをひと口飲みながら、質問を組み立てようとする。上手くまとまらない。ここまでの流れとこの状況の中で過不足のない適切な第1問を思いつく人がいるのかどうかわからなかったけれど。
「歳はいくつなの?」
 極めて常識的な第1問になった。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第24話

 珍しく身体の正面を彼に向けている。彼が歩み寄るとハリは初めて、きまりの悪そうな表情を浮かべて言った。
「悪いことをした」
 約束を反故にした昨夜のことを言っているのだろう。
「別にそれは構わないけど、何かあった?」
 微かに俯いてハリは答えた。
「オーダキリカがときどき邪魔をする」
「オーダキリカ?」
「意思はないが意地が悪い」
 何のことか全くわからなかったが、社会や時間や次元や空間、あらゆるものの束縛から解放されているように見えるハリにも苦手な存在はあるようだ。
「約束はその前提で受けてほしい」
「オーダキリカが邪魔をすることもあるから約束が守れないこともあるということだね」
 彼が補足するとハリが端正な顔を上げて彼を見た。まだ見慣れるほど目にしたわけではない。正対すると瞬間的に思考停止が起こってしまうほど衝撃的な美しさだ。
「今も時間がないのでひとつだけ。
 タマはまだ旅を続ける。続けなければならない。
 また」
 そういうとハリは石段を降りて行った。
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 まだ旅を終えるつもりはなかった。疲れは溜まっていたが、精神的にも金銭的にも旅を続けることに支障はない。何よりこの行きがかりでこのまま旅を終えるわけにはいかない。けれども、旅を続ける、続けなければならないというのは、ハリによる運命的な示唆だったのだろうか、それともハリ自身の希望や要望の類だったのだろうか。彼にはどうも後者のような気がしてならなかった。それは決して表情豊かとは言えないハリが、そのときそんな表情を浮かべたように見えたからだ。

 それから彼はバスで牛深港に出、フェリーとバスを乗り継いで鹿児島県の出水(いずみ)に着いた。長い時間がかかったような気がした。久し振りに目にする大きな駅だった。
 バスがロータリーを旋回して外れの停車場に停まり、バスをひとり降りると目の前のベンチにハリが座っていた。
 えっ!と思わず声を挙げるほど彼は驚いた。最初は居酒屋だったし砂丘でも姿を見かけた。ハリは必ずしも人目のない場所にだけ姿を見せていたわけではない。しかし、人通りが多くないとは言え、出水は新幹線の停車駅でもある町中なのだ。ハリが現れるにはそぐわない場所に感じられた。あの時間に崎津集落にいて、彼より早くここまで移動することは、少なくとも公共交通機関を使う限り不可能だったが、もうそんなことには彼も頓着しなくなっていた。あくまで出会いがしらだったことと、出現場所に驚いたのだ。
 あっけにとられている彼にハリが尋ねた。
「これからどうする?」
「あぁ、水俣にとった宿に向かうつもりだけど」
 西へ南への旅だが、今夜は少し北上して熊本県に戻る。
「部屋に行ってもいいか?」
「わかった。キャンセルありのつもりで待ってるよ。途中で何か買って部屋で食事をすることにする」
 それから彼はホテルの名前を告げたが、彼が言い終わる前にハリは立ち上がり、背中を向けていた。そんな必要はないんだね。変に納得して彼は駅舎に向かった。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第23話

 翌朝、彼は世界遺産である崎津集落へのバスに乗った。特にそんなことを望んだわけではなかったが、世界遺産づいた旅になっていた。朝日に映える海岸線を走り、山道をいろは坂のようにうねうねと曲がり、対向車に苦戦しながら45分ほどかかって集落に着いた。春の海のように穏やかな湾内の春の海のように穏やかな集落だった。
 ひとりバスを降りると、目の前の案内所から案内図を手にした若い女性が出てきて彼を迎ええ、まずは資料館で説明を聞いてから教会や神社を回った方がわかりやすいと彼に教えた。
 資料館は興味深かった。愛想のいい男女ふたりのスタッフにレクチャーを受けながら、主に潜伏キリシタン-今は隠れキリシタンとは言わない-の資料だったが、潜伏が露見し、一斉検挙が行われた「天草崩れ」では5000人以上が捕まったものの、「心得違い」を改めれば死罪にはならなかったそうだ。それでも歴史に残らない悲劇は数えきれないくらいあったのだろう。
 明治になって禁教が解かれたとき、多くの人々はキリシタンに戻った。当時は7割を超えていたが、今は500人の住民の2割がクリスチャンだと言う。
 ここでは教会そのものではなく、弾圧の中で独自の文化を育んだ崎津集落全体が世界遺産に認定されている。集落全体と言っても境界はあり、同じ生活圏内のどこで線を引くかについては複雑な問題もあったらしい。自宅が世界遺産になるかどうかはどっちを好むにしても大きな問題だが-隣の家までが世界遺産だなんて-、それはともかくとして、集落の中心をなすのはやはり崎津教会だった。上五島のように高台に孤高の姿を聳えさせているのではなく、まるで街角に郵便局や消防署があるように、集落の細いメインストリートの一角に重厚な天主堂が忽然と建っている。
 そこは元は庄屋の屋敷があったところで、踏み絵が行われていたその場所にどうしても祭壇を置きたいと、この教会を開いた神父が強く望んだからだった。                                
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 上五島でいつもそうしてきたように、彼は天主堂の周囲を巡ってから堂内に入った。中は無人だ。礼拝席の後ろ半分には畳が敷いてあり、教会が村の生活に根を下ろしていることが窺い知れた。天井は上五島で彼が好きになった、コウモリ天井と呼ばれるリブ・ヴォールト様式で青砂ケ浦天主堂と同じだったが、縁取りが漆黒ではなくグレイだったのは少し残念だった。礼拝席の前半分は立ち入り禁止になっていたのでバージンロードは半分しか歩くことができなかったが、彼はここでも手を組み合わせてハリの幸せを祈った。ハリはいなかった。
 海に向かって佇むマリア像など集落の近辺を散策したあと、最後に彼は諏訪神社に向かった。崎津教会の前の道を山側に向かうと石段があり、その上に他とは趣きの異なる歴史をまとった小さな神社がある。教会を見下ろす立地だが、朽ち果ててしまいそうなほど長い時間、神社は2種類の信徒によって形成された集落を見つめ続けていたのかもしれない。
 鳥居をくぐって石段を上りきると、もうひとつのひときわ古い鳥居の前には全体に苔を帯びたような境内が小さく広がり、その境内の端っこに、まるでマリア像のように佇むハリがいた。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

許されざる者たち

大阪に誇るべき博物館があった。

部落差別をはじめ、
あらゆる人権問題に切り込む博物館だった。

かつて激しい差別のために、
被差別部落に教育はなかったが、
将来を担う子どもたちに教育を!

そんな思いから住民たちは貧しい暮らしの中でお金を出し合い、
小学校の開設にこぎつけた。
1872年のことだ。

その跡地に建てられたのが大阪人権博物館だった。
かつての住民たちの思いを受け継いだ、
誇り高い博物館が創設されたのは1985年。

決して人の集まる博物館ではなかったが、
本当に貴重な博物館だった。

けれどもある男が府知事になったとき、
展示内容が気に入らないとつぶしにかかった。

博物館は懸命に抵抗を続けたが、
とうとう1年後に退去せざるを得ないところまで追い込まれてしまった。

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今やたらに株を上げている維新の会がつぶしたと言っていいだろう。

彼らはこんなふうに、
大阪の貴重な文化をつぶしてきた。
目に見えにくいところで。

ぼくはそのことを決して忘れない。


淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第22話

 部屋に戻ってパソコンに向かっていると、ドアフォンが鳴った。ハリか?!と思ったが、食事の支度を始めてもいいかという仲居の訪問だった。
 部屋食というだけで贅沢なのだろうが、料理の内容も驚くほど贅沢だった。そこに「支配人からの差し入れです」という、こんなに透き通ったのは見たことがないというほどきれいなキビナゴの刺身も添えられた。
 彼が支払う民宿Fの宿泊料金ではこの料理の代金さえ賄えない。支配人然、いや今や確定支配人はどうして自分に負い目を感じているのだろうと彼はいぶかった。
 30前後に見える陽気で人当たりのいい仲居はただ料理を運ぶだけでなく、酌をしたり話し相手になったり、部屋付きというより彼に張り付くことになっているようだった。
「お客さんは今日飛込みだったんですね」と彼女が言ったので、そうではないと彼は答え、ここに至るまでの奇妙な経緯を語ってから、辛口の酒で程よく酔いも回っていたので座興をつけ足した。
「でね、ぼくの推理を聞いてもらえますか?」
「ええ、是非。面白そうですね」
 彼女が満面の笑みで促した。
「民宿Fのオーナーはここの支配人の兄さんなんですよ。この兄貴が昔から放蕩息子でね、一方次男坊は子どものころから出来がよかったから家督は次男に譲られたんだけど、兄は気ままな民宿稼業に入り、いい加減な経営でしょっちゅう不義理を働く。兄思いの弟はその度にぼやきながらも兄の尻拭いを続けるのであった」
 彼女は大笑いしながら彼の推理を聞いていたが、洒落っ気を見せて返した。
「意外なことにお兄さんと弟は同一人物ですね」
「と言うと?」
「ここの支配人はこの旅館と民宿Fと少し向こうにあるLホテルと3軒のオーナーなんです。お兄さんがいるかどうかは知りませんけど、お客さんが仰った兄と弟の両面を併せ持ったような人ですね」
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 快活に謎の一部を解き明かした彼女は少し表情を変え、
「こんな山奥にもいろいろと工事が入るので、民宿Fは工事関係の方が長期滞在するときだけ開けてるんですよ。今は工事もないのでここのところは長い間閉まってるはずなんですけど」
 なるほど、ウィットにも富んだ彼女の暴露のおかげで彼にも事情が少し飲み込めてきたが、それでも根本的な謎は解明されていなかった。何故自分の予約は受けられたのか? 人がいないはずの民宿で一体誰が予約を受けたのか? それにもし自分が他の旅館で民宿Fのことを尋ねていたらどうなっていたのか?
 けれども、と彼は思った。彼はこの旅を初めて以来、あまりにも非現実的でミステリアスな少女につきまとわれているのだ。今夜もこれから想像もつかないような方法でこの部屋に現れるはずの少女に。
 そのことを考えれば民宿Fのミステリーなどは、地方予選でさえ初戦敗退してしまう程度に些末でしかないのだ。
 彼の与太話につきあった気のいい仲居が食事の片づけをし、布団を延べて親しみ深い挨拶とともに消えると広すぎる部屋にひとり、あとはハリの登場を待つだけだった。
 手持ちの本を読んでもパソコンに向かっても集中することはできなかったので、彼は旅の初日の夜、香住の居酒屋でハリを見かけたときから、餘部の集落や砂丘の端や倉吉の公園で遭遇したこと、数日の欠落のあと天ヶ瀬の滝の前で初めて言葉を交わしたときのこと、またしばらくの喪失を経て青砂ケ浦教会で再会したときのこと、そして数時間前の約束のシーンを克明に反復しながらハリを待った。けれどもハリは現れない。
 日付が変わり、急に疲れを感じた彼は、いつハリが現れてもいいように灯りをつけたまま布団に横になって目を閉じた。眠りはなかなか訪れなかった。それでもいつしか黒い溶岩のような混沌が渦を巻き始める。その錯綜が意識の海を覆い、やがて彼の意識は消えていく。
 ハリは来なかった。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

この世界の片隅で

プリンちゃんの誕生日の3日後は、
カッペの誕生日なんだ。

いや、カッペの誕生日の3日前にプリンちゃんが生まれたのか。

朝、娘たちからこんなのが届く。

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ぼくはお相伴。

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うむ、美味い!

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山口、枚方、3元中継で、
♫ハッピバースデー ディアおばあちゃん!

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プリンちゃんは画面の向こうから吹いていたみたいだけど、

誰よりもぼくが楽しんでいたかもー。

60代も半ばになったぼくたちにとって、
誕生日なんかどっちでもいいことなんだけど、

それでも祝いたい人がいてくれる。
それは特にこんな世の中だから、
ひとしおありがたいことだと思う。

でもきっと、
それどころじゃない人は数えきれないほどいる。

そのことは忘れないでおこう。

改めて、
カッペ、おめでとうとありがとうと。

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第21話

 全くわけのわからないまま、彼は支配人然のあとについてくぐるはずのない玄関をくぐり、支配人然がフロントの女性に慌ただしく何かを告げて姿を消したので、ロビーに立ち尽くした。少し苛立つほど待たされたあと、和服姿の若い女性が小走りに寄ってきて、丁重な態度で彼を部屋に案内する。やはり彼の旅には縁のない、清流を見下ろす袖部屋まで広々とした、ゆうに5、6人は泊まれそうな和室だった。
 思い起こしてみれば民宿Fに予約の電話を入れたとき、男性の声が頼りなくあやふやな対応をした。不愉快ではないものの大ざっぱな受け答えだった。沖縄や八重山の民宿ではよくあることで、そういう宿ほど味があったりするのだが、内地で同じような対応をする宿に期待して何度か手ひどく裏切られた経験もある。
 ともあれ、どう見ても格の違う宿に宿泊することになった。まだ日は高い。ことの謎解きは後回しにして付近を散策することにした。玄関を出るとまだ支配人然が団体バスの到着を待っていたので、当面最大の関心事だけ確認しておいた。
「あの、宿泊料金はFさんと同じで?」
「もちろんです。どうもご迷惑をおかけしました」
 支配人然は言葉とは裏腹にややうるさそうな表情で答えた。この支配人然に何かの迷惑を受けた憶えはないのだが。

 宿の不安が解消されれば景色の見え方も違ってくる。長崎の港に停泊していたMプリンセス号より遥かに短く、数分歩けば反対側の歓迎アーチに至ってしまう下田の温泉街が、何とも長閑で魅力的なものに見えた。
 不釣り合いに豪華な観光案内所ではとても若い女性スタッフがふたり、カウンターから飛び出して来て歓待してくれた。同じくここには不釣り合いなほど立派な足湯でのんびりと足も休めた。庭先で日光浴をしていた老夫婦が彼を甥っ子と間違えて声をかけ、朗らかな立ち話もした。「五足の靴」遊歩道というのがあり、与謝野鉄幹や北原白秋らが今日の彼と同じルートで下田温泉に至り、紀行文を書いたということも知った。地元民が通う公共温泉施設に入ると、お客様感謝デーで割引料金だった。
 彼はこの温泉街が好きになっていた。
 川沿いを海まで歩いて戻るとき、民宿Fの看板を発見したので行ってみると、彼が本来泊まるにふさわしい、とても見すぼらしい宿だった。

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 宿に戻る前に、ふとあのバス停を見ておきたいと思った。明日の朝は温泉街の反対側からバスに乗る。あの胸騒ぎに襲われて心細かった場所をもう一度見ておきたい、特にそうする必要もなかったのにそんな気分になったのは偶然だったのか何かの必然だったのか、彼が温泉街を抜けてバス道まで出ると、停留所にセーラー服の少女が立っていた。
 彼が意表を突かれながら駆け寄ると、ハリはバス停の、ほんの僅かしか数字が配置されていない時刻表を見つめたまま言った。
「今夜、行ってもいいか?」
「今夜? 部屋にっていうこと?」
「困るか?」
「いや、ぼくは全然困らないけど、フロントが何か言うかもしれないな。でも、ぼくの名前を言ってくれたらあとは何とかなると思う」
「心配はいらない」
 ハリはそう言うと彼に背を向け、暮れなずむ道を山の方に歩いて行く。ハリの背中を見送りながら大丈夫かと思ったが、きっと心配はいらないのだろう。フロントがどう対応するかわからないが、それも心配はいらないのだろう。ハリが心配はいらないと言っている。
 それよりも彼は、もしかしたら今夜ひとつの部屋にまだ名前しか知らない少女とふたりで寝ることになるのだろうかと、そのことが心配になった。幼い少女だとは言え女性に違いはない。ひとつ部屋に寝るようなことになったらずいぶん気を遣わなければならないだろう。やれやれ。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

連休明けの行楽

自転車でちょっと距離を走ったのって、
調べてみたら昨年5月に枚方までプリンちゃんに会いに行って以来、
1年ぶりだったよぉ。

今日はまず、
愛染(あいぜん)さんと親しまれる愛染堂へ。
人はいないよね。

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お気に入りの愛染坂を下りて、

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清水坂上って、

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大阪の清水寺にも舞台があるんだよ。
大阪市内唯一の滝もあるんだ。

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5世紀の開創以来、初めて閉鎖されている、
四天王寺さん。

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カメだけが密集している。

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生國魂(いくたま)さんって他県の人には読めないだろうけど、
標識には「IKUKUNITAMA」ってローマ字表記されてた。
ホンマか?

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最後は高津(こうづ)さん。

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以上、大阪市内の有名な寺社巡りでした。

ところで、寺社を「さんづけ」で呼ぶのって、
関西だけの習慣なんだってね。
神仏にもなれなれしいのかな?

全く不要不急の外出だったけど、
人との接触はゼロだったからいいよね。

爽やかな快晴の下、
久々の外出で気持ちも少し晴れたけど、
久々に自転車に乗ったら著しい体力の衰えを感じて、
少し気持ちが落ち込んだよ。

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第20話

 天草へ行ってみようと彼は思った。天ヶ瀬の駅前温泉で貸し切り記録を潰えさせた先客も天草と硫黄島がいいと言っていた。由布院の下ん湯を教えてくれた友人のお薦めでもあった。そして天草では、またきっとハリが待っている。
 長崎の駅前から30分ほどかかってひと山越え、茂木港というこぢんまりした港からフェリーと呼ぶにはあまりにも小さな船に乗り、富岡港に着いて数名の地元民とともに彼は天草に降り立った。そこから1時間かかる町へのバスに乗ったのは彼1人、途上での乗降は3人あった。
 この天草にも世界遺産の崎津教会があり、五島の頭ケ島教会同様、事前申請が必要だった。明日そこを訪ねるつもりだったので、窓口でそのことを尋ねてみると、気のいいおばさんがすぐに所管部署に電話を入れ、明日1人ならそのまま来てくれていいという返事を受け取って彼に伝えた。
 それから彼は今日の宿泊地である下田温泉を目指し、またほとんど乗る人のないバスに乗って1時間近く揺られた。小さな町並みをすぐに離れ、山里を過ぎ、ひたすら奥に突き進んでいく。時折顔を覗かせる川の水がどんどん澄んでいくのを喜びたいところだが、彼はだんだん不安になっていった。一体どれほど辺鄙なところなのだろう。
 辺鄙は望むところで、食事付きの安宿も予約してあったのだが、何か不可解な胸騒ぎが彼の中に起こっていた。
 国道ではないだろう、県道か町道か村道かに全く車の通る気配はなかったが、対向車が来たら困るような山中の道端で、彼は降ろされた。
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 そこが最寄りの停留所なのだが温泉街などどこにも見えない。幸い老婆がひとり一緒に降りたので、この辺りにFという民宿はないかと尋ねてみる。老婆は少しの間記憶を呼び覚まそうとする顔になり、「うーーーん、待ってくださいね。ああ、F。ありますね。でも、あそこは今はやってなかったんじゃ・・・・」
 彼の胸騒ぎが一気に大きくなった。
「この道を少し戻ったら橋があって、それを渡ったら大きな旅館がいくつかあります。人もいますから、そっちで訊いてみてください。役に立たないことで申し訳ありません」と本当に申し訳なさそうに老婆が言うので彼の方が恐縮した。
 言われたとおりに行ってみると、とてもささやかなものだったが温泉街があり、通りに人の姿は全くなかったけれど、旅館は並んでいた。彼はようやく安堵する。「歓迎下田温泉」、日本語と朝鮮語で書かれた立派な柱も両脇に立っていた。
 それを通り過ぎて一番手前にあった大きな旅館に駆け込んでみることにした。彼の貧乏旅ではくぐることもないに違いない大きな玄関に近づいたとき、中から支配人然とした男が出てきて、彼が口を開く前に、今から団体のバスが到着するのだと独り言のように言った。ひどく神経質そうな男だ。彼が「民宿Fはどこにありますか?」と尋ねると、支配人然は一瞬ひるんだように、
「予約なさってるんですか?」と当惑顔を隠さない。
 予約していると彼が言うと、
「あそこには今、人がいないはずなんだけどな」と、営業口調を忘れてひとりごちるように呟くと、支配人然は正気を取り戻したように、
「ちょっとこのままお待ちいただけますか」と慌てて館内に飛び込んだ。当惑しながら数分待っただろうか、再び登場した支配人然が、何の説明もなく決定事項だけを彼に伝えた。
「申し訳ありませんが本日は当館にご宿泊いただきますので、ロビーに入ってお待ちください」
「はぁ」

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第19話

 島の中を自由に歩き回ることはできない。見学通路から身近に望む廃墟には、鉄筋集合住宅の残骸、学校、プール-真水が貴重なので海水だったそうだが、時代を先取りしている-、行商人などが利用した旅館、映画館、パチンコ店、神社、何でも揃っていた。ここに最大5000人が暮らしていたのだ。5000人。
「あらゆる施設が揃っていましたが、なかったのは田畑ですね。緑だけは全くなかったんです」
 しかし島の高い位置には木々が茂っている。
「あれは人間が消えたあと、鳥たちが種を含んだ糞を落として繁茂したものです」
 開発される前の端島がどんな島だったか知る由もないが、人が入って緑が消え、人が消えて緑が復活する、それもまたSFの世界だ。
 炭鉱労働から通常想像する暮らしとは異なり、島民たちは皆ずいぶん裕福な暮らしをしていたそうだ。それでも国益のため、戦争のためにこの島で暮らさなければならなかった人々に、悲哀がなかったことはないだろう。
 深さ600メートルから横に最大1・5キロ延ばされたという炭鉱が閉鎖されたとき-彼が高校生のころまでこの島は生きていたのだ!-、3か月以内の立ち退きを言い渡された住民たちは、海運事情もあったのか、家財道具をほとんど残したまま、必要最小限のものだけを持って島を出たそうだ。今も住宅跡には食器も鍋もそのまま残っていると言う。
 話は違うが、彼は何度か訪れたことのある、今も遺骨や遺品がそのままになっている沖縄のガマや、あり得ないはずだった事故でゴーストタウンとなった福島原発付近の町並みを思い出した。
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 大きな地殻変動でも起こらない限りこの島自体が消失することはないだろう。けれども他の惑星への移住などというSF的な時代にでもならない限り、2度と出現することのない町、出現してはいけない町の記録や記憶は、このまま廃墟とともに消滅してしまう。
 他のツアー客の多くは案内にも聞き飽きたのか、ガイドを取り巻く輪はだんだん小さくなっていたが、彼は喰らいついてあれこれと質問を続けていた。
 五島で教会を巡りながら、迫害、殉教などといった言葉は彼からあまりにも遠すぎて、信徒の心情を細かく想像することはできなかったが、時代や暮らしぶりが近かったからか、ここではさまざまな類推が可能だった。五島で心を揺さぶられたのとは全く違う意味で、この端島でも彼の思考は交錯し、心を揺さぶられていた。見学時間が終了し、島を出るとき、ホッとしたくらいに。
 船が港に戻るとあの豪華客船が依然として巨体を横たえている。あの船の中にも端島と同じかそれ以上にあらゆる設備が整っているのだろう。まるで何かタチの悪いアイロニーみたいだと彼が思った途端、この団体の中では一番熱心な生徒だと認定されていたのだろう、男性ガイドが彼の席に近づいてきて言った。
「あのMプリンセス号の横幅が端島の先端の横幅と同じ60メートルで長さが300メートル、端島の方がちょっと大きいですが、乗員は5000人だそうですよ」

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

明日は君たちのもの

今日、5月5日、
プリンちゃんは4歳になりました。

おめでとー!

言うこときかないとか、野菜食べないとか、
そういう諸々の問題点は、
4歳になれば全て解決すると早くから宣言してたプリンちゃんだけど、
今朝早くから、言うことを聞かずにしかられていたとか。
4歳神話(あるいは伝説)はあっけなく消えたけど、

ま、いっさぁ。

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ホントなら一緒にお祝いしてるとこだけど、
コロナのせいで中継になってしまった。

プリンちゃんは毎日、
おじーちゃんはおばーちゃんに会いたいのにって、
ウィルスに腹を立てているそうだ。

ウィルスは恐竜に踏みつぶしもらえばいいって。

ホント、そうだよね。

ともあれ、
プリンちゃん、4歳おめでどう!
てんちゃんも初節句おめでとう。

学校にいけない全国の子どもたちも、
とんでもないこどもの日になってしまったけど、
おめでとう。

大人たちは本当にどうしようもなくくだらないけど、
君たちが未来を拓く。

そう信じてるさ。

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第18話

 予約客が揃ったのか、ツアー船は30人余りの客を乗せて定刻前に出航した。湾内を遊覧したり、島の周囲を回ったりしていたので、出航から上陸までに1時間以上かかった。ここも世界遺産なので規制があり、前の船が島を出るまで待たなければならないという事情もあったようだ。
 3名のスタッフに先導されて島に入ると、チーフと思しき40歳くらいの男性ガイドが、歓迎の挨拶に続いて説明を始めた。
「まず、軍艦島というのは後世、外部の人間が勝手につけた名前で、本当は端の島と書いてハシマといいます。かつての住民にとって端島はふるさとですから、私も敬意を込めて端島という名前で説明させていただきます」
 彼はこの男性に好感を抱いた。
「もうひとつ申し上げておきたいのは、恐らく今日ご参加の皆さんも多分ほとんどの方がそうだと思いますが、端島全体が世界遺産だと思っておられるのではないでしょうか?
 けれども世界遺産に認定されているのは、先ほど上陸してきたあのコンクリートを使わずに組まれた護岸壁と、後ほど近くで見ていただきますが、あそこに煉瓦の壁が少しだけ見えますね? あれは炭鉱に降りていくエレベーターの台座を囲った壁なんですが、あの壁一枚と、その2か所だけが世界遺産なんです」
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 彼も含めて全員が、既に世界遺産の上に立っていると誤解していたのだろう、どよめきが起こった。世界文化遺産は明治期、1910年以前に建造されたものでなければ認定を受ける資格がないのだった。ガイドは続ける。
「だから世界遺産の2か所については保護も補修もされていますが、それ以外の建物は全部朽ちるに任されています。実際にあちこちで年々崩壊や損傷が起こっています。大きな台風が来れば島全体が波の下に沈んでしまいますから、この端島の廃墟群はいつ消えてしまってもおかしくないんですよ」
 それはあまりにも惜しい話だと彼は思った。上陸した途端彼が想起したのは、明治・昭和期の「遺跡」であるにもかかわらず、未来型SFに登場する地下都市とか巨大なシェルター都市とかだった。ある意味それらと同じ構図を持つとも言えるこの端島は、世界遺産はともかくとして、島全体を貴重な遺産として保護すべき場所ではないかと思ったのだ
 ガイドが説明を終え、次の見学場所へ移動するときに、彼は尋ねていた。
「長崎県は被爆地でもあるし、そういうものを大切にする行政だというイメージがあるんですけど、保護の手はないんでしょうか?」
 男性は頷きながら、
「私たちも何とかしたいんですけど、所有権なんかに国が絡んでますから、長崎県だけではどうしようもないんですよ」と顔をしかめた。彼はこの国の総理や内閣を思い浮かべて長い溜息をつく。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

フ・カ・イ・カ・ン

『セーラー服と機関銃』って、もう39年も前の映画だったんだね。

放映してたので、
あの有名なシーンを見たくて、テレビつけてた。

ストーリーは追ってなかったけど、
そろそろかなと画面に目をやった。

お、機関銃構えた。
ここだな。

ストップモーションになり、
画面に注目した途端、
地震速報の字幕が入って、あの「カ・イ・カ・ン」シーンの間中、
薬師丸さんの顔にかぶさっていた。

あらま、残念。

でも、それより、
茨城の皆さん、被害はありませんでしたか?

ただでさえややこしいときに、
これ以上何も起こらないよう祈るのみです。

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第17話

 長崎の町に戻った彼は、修学旅行で訪ねたかどうかも記憶になかった眼鏡橋、記憶にあった大浦天主堂、オランダ坂を回った。眼鏡橋は予想していたより雰囲気に味わいがあり、色とりどりに咲き誇る紫陽花の名所でもあった。
 ハリと再会した青砂ケ浦教会には、被爆した大浦天主堂の煉瓦を運んで造られたという説明書きがあった。確かあったと思うが、大浦天主堂は大きな白亜の外観が人目を惹く建物だった。キリスト教会に門前町というのもおかしいが、近くにグラバー園もあるせいか、門前に市を成し、ごった返していた。まるで温泉街だ。由布院「銀座」の光景を思い出してうんざりしながらも入り口まで辿り着いてみると、びっくりするほど高額の入場料金が設定されていた。
それぞれに抱える状況や論理があるのだとは思う。それは彼の思考が及ばないものごとだ。けれども-世界遺産の頭ケ島教会では多少の手順が必要だったけれど-全ての人々に平等に、無条件に開け放たれていた五島の教会群に同期していた彼にとっては、金銭的なこと以上に違和感があった。入場料を求めた時点でそこはただの観光施設に変化してしまい、祈りの場からも懺悔の場からも、安寧や鎮魂を求める場からも遠ざかってしまうのではないか。彼は人込みから逃れ、すぐそばにあった大浦キリスト教会に入った。五島の教会と比べれば-多分彼の両親が所属していたE教会もこんなだったのだろうが-巨大に感じられた。けれどもそこは大浦天主堂とは対照的に無人で、教会本来の働きを保っている場なのだとわかった。
 彼は広い礼拝席を見回してハリの姿を探してみたが、彼女はここには来ていないようだった。
 
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 次の日、前回は荒天で船が出ず、ツアーが中止になってしまった軍艦島(端島)に渡った。彼は廃墟ファンでもあったので、長崎まで来たのだから是非とも実際に目にしておきたかった。
 申し込んであった小さなツアー会社の船は、弱小だからか港の中心から遠く離れた桟橋から出るのだった。すぐそばに巨大な豪華客船が停泊しており、彼のいる場所に船首を向けている。船尾は遥か遠くに小さく、軽く市電のひと駅分はありそうだ。もちろんこのクルーズ船が港の外れに停まっているのは弱小だからではないはずだ。             
まだ出航までに少し時間があったので、近くの公園まで歩いておにぎりを食べた。スズメが何羽か寄ってきたのでご飯粒を投げたら競い合って食べる。スズメは人の近くでしか生きることができないくせに極めて警戒心が強く、人間が嫌いである。彼の家のベランダに来るスズメたちが彼の投げるパン屑を安心してついばむようになるまでにも結構時間がかかったが、観光地のスズメは人馴れしているのかもしれない。
 うちのスズメたちはもう自分のことを忘れてしまっただろうかと彼は思う。彼の旅は半月を超え、帰る日の決まっていない旅と呼んでもさして違和感のない長さに少しずつ近づいてた。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

やっぱりコロナ騒ぎの線はないらしい

一時は40羽を超えていたスズメたちの数が、
コロナ騒ぎとともに減り、
数羽しか来なくなったと前に書いた。

一時的なことかと思ったけど、
その状況はずっと続いている。

40羽より数羽の方がのどかだしエサも少なくて済むので好ましいんだけど、
どうしてこんなことになったのか気になるよね。
専門家に訊いてみよう。

ところで、博物館の学芸員さんにとって、
休館中という状況は吉なんだろうか凶なんだろうか?
いつも下らない質問に丁寧に返信してくれる博物館だけど、
今回は1時間もたたない間に返信があった。

しかも土曜日の19時過ぎだよ。
失礼ながら、忙しいのか暇なのかわからん。
当直とかだったのかな?

その返信。


大阪市立自然史博物館の○○です。
質問のメールをありがとうございます。
私の方から答えさせて頂きます。

冬場は集団でくらし、春になるとつがい単位でくらすのが、一般的にありがちな
パターンです。それは、繁殖と絡めて考えるのが、たいていの場合、妥当です。
だとしたら、

1:集団中心の生活から、巣場所中心の生活にシフトして、営巣場所が離れてい
る個体がやってこなくなった。つまり近所に巣があまり多くない。

2:なにを餌にしているか分かりませんが、たぶん植物質だと思います。繁殖期
は、卵の形成にもヒナを育てるにも動物性タンパク質が必要になります。という
わけで、必要な栄養を確保するために採食場所を代えて、あまり来なくなった。

3:繁殖期になって、食物の供給源を確保するために、力の強い個体が餌場所を
独占するようになった。

の3つが思い浮かびます。個体数が減少する段階での餌場でのケンカの頻度、ヒ
ナが巣立った頃にやってくるかどうか。といった情報から、どの説明が正しいか
推測することができるかもしれません。


いつもながら一文の得にもならないのにホントに丁寧なご回答。
誤変換による誤字はあるけど、頭のいい人の文章だし、
何よりきっと、好きなんだよねぇ!
うれしい。

でも、過去数年は多くても10羽までだったと思うし、
こんなに来客が激増し、こんなに激減するのは初めての経験だったと思う。

確かに密集状態のときはよくケンカしてたけどね。

ただ、うちの巣箱にはやっぱり見向きもしてくれないんだ。
ネコが出没するからかなぁ?

ともあれ、今後の成り行きを観察してみましょう。

○○さん、ありがとうございました!

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第16話

「ここに座ってもいいですか?」
 彼が囁くように尋ねると、「はり」はゆっくりと自分の座っている長椅子の空きスペースに目を落とし、許可を示した。彼は静かに「はり」の隣に腰を下ろし、ひとしきり祭壇を見つめてから手を組んだ。「はり」が幸せでありますようにと祈り、祭壇を見つめたまま、口を開いた。
「今日はいくつか質問に答えてもらえますか?」
「しゃべり方は普通でいい」と「はり」は答えた。その声はいくつもの黒い弧に縁どられた精緻な天井に吸い込まれていくようだ。
「しゃべり方?」
「丁寧でなくていい。私もしない」
「あぁ、わかりまし、わかった。それじゃ『はり』さん、今日は」
「さんもいらない」
「・・・・、あぁ、わかった。ハリって呼ばせてもらっていいのね」
 ハリは一瞬微かに顔をしかめ、何かを言い返しそうな表情になったが、すぐに思い直して自分を納得させるように「それでいい」と答えた。ハリの微妙な表情の変遷は、ある意味でとても重要な示唆を含んでいたのだが、祭壇を見つめている彼の目にそれは映っていなかった。
「私はどう呼ぶ?」
 まるで多くの言葉を費やせば費やした分だけ、手のひらに乗せた大切な砂がこぼれ落ちてしまうとでも思っているように、ハリの物言いは最少限だった。彼は省かれた言葉を頭の中で手繰り寄せなければならなかった。
「ぼくのことをどう呼んだらいいかということ?」
「べんぎじょう」とハリは言う。
 便宜上と頭の中で変換してから、彼は答えた。
「うーん、どうしよう。ぼくは玉城圭史(たまきけいし)っていうんで、親しい友人はタマとかケイシーって呼ぶけど、どちらでも」
「タ・マ・・・・」
 ハリは未知の言語の発音を舌の上で転がしながら確かめてでもいるかのように言った。
「そう、タマでいいよ。よろしく」
 ハリからの反応はなかった。
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「で、今日はいくつか質問していいのかな?」
「答えないこと、わからないことがある」
「もちろん、答えられることだけ答えてくれたらいいんだけど」
「今日は基本的、便宜的なことだけ調整に来た」
 彼は首を傾げた。
「それはつまり・・・・」
「しゃべり方、呼び方」
「なるほど。基本的で便宜的なことね。おもしろい。ハリは『1Q84』の『ふかえり』みたいだ」
 彼はベストセラーになった村上春樹の作中に登場する美しく謎めいた女子高生を想起してそう呟いた。こんな少女が村上を読んでいるとは思わなかったので質問をしたつもりはなかったのだが、ハリは答えた。
「似ているところもある。でも立ち位置と想念が違う。読み書きはできる。小説はつくらない。暗記もしない」
 今までで一番長い答えだった。ハリは「ふかえり」が識字障害でありながら小説を紡ぎだし、琵琶法師のように『平家物語』を暗唱することを知っていた。彼が少なからず驚いていると、
「また」とハリは今日の会談で一番短い言葉を置いて席を立った。けれどもその2文字は滝の前での初めての会談のときと違い、彼女の方から再会を約束する2文字だった。
 帰り道で彼はふと目に着いた石をふたつ拾った。白っぽい、さして珍しくもないような小石だったが、何故か心を惹かれ、ジーパンの尻ポケットに突っ込んだ。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第15話

 それから彼は、この島にいる間、自転車で行くことのできる教会を巡り続けた。別府で地獄を巡るのとは意味が違うが、自らの道のりを巡礼と呼ぶ資格などはない。けれども彼の中にある何かが揺り起こされるのか刺激されるのか、彼はこの島の教会たちに魅せられていった。
 空が晴れれば透明度の高い海も八重山に劣らないほど美しい。けれど八重山と違ってこの時期になっても、五島の海の水は驚くほど冷たかった。
 彼の予感、あるいは確信に反して「はり」は姿を見せなかった。根拠のない確信は揺らぎつつあったが、それでも彼には、この島に「はり」が現れるような気がしてならなかった。 
 上五島に惹かれた彼は下五島にも行ってみたかったが、車という移動手段を持たず、列島の中でも最北部近くに滞在する彼にとって、それはなかなか困難な道程なのだということがわかり、下五島は次の旅のためにとっておくことに決めた。明日には上五島を出て長崎に戻る。

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翌日、島で最後に訪れたのは青砂ケ浦(あおさがうら)天主堂だった。これも海を臨む小高い丘に建っている。西の空に移動した太陽が赤煉瓦を輝かせ、澄み切った空の青との対比はそれだけで敬虔な気持ちにさせるほど美しかった。けれども我に返って堂内に入った彼はさらに息を飲む。ここは自分が巡った二桁を超える礼拝堂の中でも最も美しいと思った。正面入り口の丸い窓から差し込んだ光が祭壇へと彼をいざなうように伸びており、幻想的なステンドグラスのきらめきはこの世のものとは思えないほどだ。彼の脳裏に「天国への扉」という言葉が浮かんだ。
 彼はしばらくの間立ち尽くしていたが、永遠の時を感じさせるような静寂の中を、光の道に手を取られるように祭壇へと進んだ。そして礼拝席の後方からは死角になっていたが、祭壇のすぐ手前、前方の柱の陰の席に、初めて見かけたときと同じように時を止めて座っている「はり」を見つけた。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】
 

やっぱりぼくは教えるのが好きなんだなぁ

セーナが遊びに来た.
1か月以上遅れの手作り誕生日プレゼントや、
プリンちゃんへのプレゼントも持って。

もちろん、部屋の窓は全開、エアコン、空気清浄機全開。
それでどうなるんだ?という話もあるが、
とりあえず世間様への顔向けのためにか。
とりあえず3密とやらではないし、
そもそも19歳と部屋で密着したら別の問題の方が大きいだろう。

セーナはピアノやサックスをやって来た子だけど、
「センセ、ギター弾きたい。教えて!」

ぼくは現役時代、子どもたちとよくギターで歌ってたもんだから、
幼かった子たちはぼくを達人だと思っている。

あはは、人に教えられるような腕はないよぉ。
でも、ま、ズブの素人なら。

昨日、教則パンフレットも作っておいた。

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うん、なかなかやるね。
何か目標の曲を持った方がいいよ。

って、19歳と64歳。

共有してる曲がない!

目標がきらきら星ではモチベーションももうひとつだよね。
簡単なコードで弾けて、しかも45年のギャップを超えた曲・・・・。

あぁ、これはどうだ?

ハナミズキ。

セーナも乗った。

やっぱり音楽畑を歩いてきた子だからか?
凄い上達ぶり。

人にギターを教えるなど何十年ぶりかのことだけど、
こんない早い子は見たことないよ。

初めてギターをさわる子が、
帰るころにはハナミズキを8割方弾けてた。

余ってるギターがあるさ。
無期限貸与だ、持って帰りな!

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ギターをかつぐ姿も様になってるさぁ。

半世紀近くもギターをさわってきた人間だけど、
セーナが本気になったらすぐに越されちゃうね。

彼女が帰った後、
ぼくよりずっとギターの上手い友人にラインしておいた。

お前、セーナは知ってるよね?
あとは頼んだよ!


淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第14話

 さして待つこともなくバンが到着し、彼だけが乗客となった。運転手の若い男性に五島空港の現状-定期便の運航はないそうだ-などを質問しながら急坂を下って天主堂を目指したが、道路わきのそこここにトランシーバーを持った人が立っており、彼の乗った車を見るとそれを口に当てた。「乗員1名、只今〇〇を通過しました」といった無線が車内のレシーバーにも入ってきて、彼はまるで要人か、逆に護送犯にでもなったかのようなおかしな気分にさせられた。
 すぐに天主堂が姿を現わし、役所の職員だという若い運転手は車を駐車場に入れ、彼を降ろすと「そちらです。どうぞ行ってきてください。30分くらいで戻ってきます」と言い置いて走り去った。
 海を見下ろす高台に建つ天主堂は小さいが重厚で静謐な建物だった。周囲を巡ったあと、堂内に入ると靴箱には多くの靴が並んでいて、礼拝席は恐らく45人であろう見学者で満席になっていた。旗を持ったガイドがレクチャーをしている。
 堂内も素晴らしく荘厳なつくりで、今は無宗教だが子どものころクリスチャンだった彼はすーっと心が静かになっていくのを感じた。自分が酷く汚れた存在のように感じられる。マリア像の眼差しが美しく、彼は思わず「はり」のことを思い出したのだが、心が騒ぐことはなかった。
 やがてガイドの説明が終わり、団体客-数えたら37人しかいなかった-が出て行ったので、バージンロードを歩いて祭壇まで進み、そんなことをしたのはいつ以来だったか憶えていなかったが、自然に手を組み合わせて頭を垂れた。
 そんな彼を堂内に残っていた中年男性と初老の女性が見守っていた。彼が話しかけてみると、首からカードを下げている男性は役所の職員で、女性はこの教会の現在12名いる信徒のうちのひとりだった。キリストの使徒と同じ数だ。
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「私のような観光客が増えて信者さんは迷惑なさってるんじゃないですか?」
「いえ、私は喜んでいますよ。集落も人が減って寂しくなりましたからね。あなたはクリスチャンでいらっしゃいますか?」
「いえ、亡くなった両親はそうでしたが、私は大人になって宗教から離れました」
 彼は少し気後れを覚えながら正直にそう答えたが、
「そうですか。それでも祈ってくださるのですね」と老女は微笑んだ。
「いえ、この礼拝堂を拝見していたら自分が凄く汚れているように思われて、ごめんなさいと懺悔してました」
 老女は少し声を挙げて穏やかに笑い、
「きっとそんなことはありませんよ」と彼の手にそっと手を添えた。
「ご両親はどこの教会におられたのかご存じですか?」と老女は訊いた。
「元々は神戸のE教会でした」
「まぁ、立派な教会に」
 大きな教会だとは聞いていたが、老女が知っていてくれたことが嬉しかった。
 官吏である男性は
「この天主堂の建物はしっかりしてるんですがあちこちガタも来てましてね、補修の順番を待ってるんですがなかなか回って来ないんです」と愚痴めいたことを言った。キリスト教の世界では世界遺産でも特別扱いはないようだ。
 彼は穏やかに包んでくれた信徒と気さくな官吏に礼を言い、堂内は撮影禁止なのだが、中から外を撮ってもいいかと訊くと遠慮は無用だとのことだったので、薄暗い堂内から明るい外の景色を1枚撮った。アーチ形の玄関に切り取られたフレームの中、鐘楼と門柱の向こうに海と対岸を望む景色は、一瞬沖縄の座喜味城の門を思い出させた。彼の大好きな場所だった。
 外に出てもう一度天主堂を振り返りながら、ふと、「はり」は何か宗教的な存在なのだろうかと思った。そして「はり」はこの島には姿を現わすんじゃないかとも思った。多分、現れるだろう。予感と言うより確信に近く。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第13話

 その日、彼は彼の貧乏旅行には著しくそぐわなかったが、由布院と福岡を結ぶ有名な特急に乗って久留米に着いた。基本的に各駅停車で移動することを何となく自らに課していたが、極めて運行本数の少ない時刻表の中で、この特急を逃せば以後の段取りが難しくなるからだった。
 久留米に滞在した彼は大宰府まで足を延ばした。翌日、長崎に入って島原、雲仙にも立ち寄り、普賢岳が噴火した当時の状況を知ったり、いくつかの小さな温泉に入ったりした。次の日に予約を入れていた軍艦島(端島)ツアーの船が欠航したので、修学旅行以来の原爆資料館や浦上の天主堂を30年ぶりに訪ねもした。そうした見聞はそれぞれの場所でそれぞれに何がしかの感懐を遺し、彼が簡単に書き続けてきた旅の日記に記録されていったが、とりわけ深く記憶に遺る時間とは言えなかった。それが訪れた土地やそこで出会ったものごとのせいだったのか、彼が旅日記でここまでひと言も触れることのなかった事象のせいなのかはよくわからない。「はり」はどこにも現れなかった。彼の旅はいつの間にか10日を超えている。

 彼は五島列島に渡った。フェリーは午前10時前に上五島の有川港に着いた。港は彼が好んで訪れる小さな八重山の島々はもちろんのこと、かつて渡った利尻、礼文のターミナルよりもずっと大きな構えで、バスやタクシーがたくさん並んでいた。
 ネットで評判のよかったホテルを数日間予約することができていたので、まずはそこを訪ねた。荷物を預け、もしかしたらこの界隈の中心人物かもしれないと思わせる器の大きそうな女将にお薦めの教会はどこかと尋ねた。
「それはやっぱり世界遺産の頭ケ島(かしらがしま)天主堂でしょう」
「ですよね。でも、頭ケ島の見学は事前に申請が必要だと聞いたんですけど」
 ここ数日、また少女が姿を見せないことが気になりはしたが、約束めいたものを取り交わしたことが彼にある種の安定を与えていたのか、その分、ウェブ情報を収集するゆとりもできていた。五島列島は大きく上五島と下五島に分けられるが、上五島だけでも29のキリスト教会があり、下五島を合わせれば約50に上る。そのうちのいくつかは世界遺産に指定されていて、施設や信者を保護するために観光客に対しては規制が敷かれているのだった。
「あぁ、そういうことになってますけど、お車ですか?」
「いえ、自転車を借りて行くつもりですけど」
「おひとりですよね。それなら飛込みで大丈夫ですよ」
 そう女将が請け負い、丁寧に道筋を説明したので、彼は安心して自転車を借りに行き、10時過ぎには電動自転車にまたがって走り始めていた。島の道路は広々として交通量も極めて少なく、快適に走ることができた。かなりアップダウンは激しかったが、それでも空気が澄んで汗はかかない。この時期に、息が白く見えることさえあった。
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 頭ケ島天主堂は遠かった。45分走り続け、ようやく「天主堂左」という表示のある三差路に差し掛かったときだった。工事をしている様子もないのに誘導灯を持った人が2人立っていて、通り過ぎようとしたが制止させられた。何ごとなんだ?
「天主堂へ行かれますか?」と訊かれ、天主堂に行きますと答えた。
「〇〇ツアーのお客さんですか?」
「いえ、個人です」
「それじゃそちらの道を%&'$#!\+&・・・・」
 うまく聞き取ることができなかったが、指し示された道は天主堂とは反対の方向で、しかも急な上り坂だった。わけのわからないままに登っていくと上五島空港があった。八重山の与那国島や波照間島にあるような小さな小さな空港で、その玄関前にも人が立っている。
「自転車を停めて中に入ってください」
「車でお送りしますのでしばらく展示資料でも見て待っていてください」
「今日は大型船が入港して団体客が多いものでね」
 態度が丁寧だったので威圧感は感じなかったが、全く要領を得ない説明でもあった。彼の表情を読んで加えられた説明も総合してみると、保護のために天主堂には一度に45人しか行くことができない決まりになっているがマイカーなどは全面禁止で、全ての見学者はこの空港から出る送迎バスに乗って天主堂に赴くことになっている。申請がなければバスに乗ることはできないのだが、今日は大型船が入港して団体客が多く、電動車も走らせているので、折角来てもらったのだから団体客の一員ということにして、電動車で天主堂まで送る。大体そのような、彼にとってはありがたく親切な話だったようだ。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第12話

 彼も立ち尽くした。けれども彼にもう躊躇はなかった。やはり後ろ姿で、しかも下ろしていた髪はひとつに束ねられていたが、あの少女であることにもう疑いの余地はない。打吹公園の猿山のときとは違い、「捕捉」などという意識もなかった。ただ心を鎮めながら近づいていき、驚かせないように静かに声をかけようとした。滝の音に掻き消されないよう、それなりの音量は必要だったのだが。
「あの・・・・あなたはぼくが誰なのかわかってるんですよね?」
 猶予を与える意図で間をとったつもりだったが、少女はまるで予定された調和を踏むかのように彼の言葉が終わるまで待ち、それからゆっくりと、ポニーテールを僅かに揺らしながら振り向いた。
 初めて相対する少女の顔は、耳も鼻も目も唇も、眉も額も頬も顎も、髪の1本1本に至るまで、名だたる工芸家や職人たちが手を尽くしてたった今仕上げたばかりのように見えた。まるで至高の芸術品か、もしかしたら何かの冗談のように美しかった。ふと、よく知っている誰かにどこかが似ているような気はしたが、思い過ごしだろう。これほどまでに無欠の造形物を見たことはなかった。彼はここに至るまでのあらゆる経緯を全て忘れ、その造形にただ見とれて溜息をついた。この美しさは通常の価値観を完全に超越している。あるいは逸脱している。
 そこに漆黒の宇宙が存在しているかのような少女の瞳が彼を捉えていたが、やがて恐ろしくゆっくりと、微かに片眉を上げ、彼に再びの発言を促した。彼が最初にかけた言葉をうまく聞き取ることができなかったようだ。促されて彼は口を開く。
「ぼくはあなたのことを全く知らないけど、あなたはぼくが誰なのか知ってるんですよね?」
 彼は錆びついてしまったような喉から掠れた声を絞り出した。少女は僅かに、けれども確信に満ちて明確に、そしてやはり恐ろしくゆっくりと、首を縦に振った。瞳は彼を捉えたままで、下ろした首を元に戻すことはしない。
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「それじゃ、あなたは」と言いかけた彼を、少女は首を元の位置まで戻すことで遮った。
 そして唇を開いた。
「たくさん訊きたいか?」
 仲間から取り残され、たったひとりで鳴いている秋の虫のような声だった。
 もちろん、訊きたいことは山ほどあった。あなたは何故ぼくを知っているのか? 何故ぼくを追いかけているのか? どんな風に移動しているのか? ぼくに何を求めているのか? 何故3日の間姿を見せなかったのか? 質問事項は脈絡もなくいくらでも浮かんだし、名前は? 歳は? 住所は? といった人定質問も。
 そして何より、あなたは一体何者なんだ?
「できれば訊きたいことはたくさんあります」と彼は乱れて暴れる心を抑えつけ、できるだけ静かに答えて少女の返答を待った。
 頭がくらくらしそうな沈黙が続いたあと、もう一度秋の虫が鳴いた。
「今はまだ」
 少女のはかなげな声音、短いフレーズは滝の音に掻き消されそうだったが、その拒否はこれ以上のない、絶対的な拒否だった。対照的に彼の声は大きくなる。
「それじゃ、名前だけでも」
 注視していなかったら間違いなく見逃すほど小さく少女は眉を顰め、その眉を戻してから答えた。
「はり」
 滝の音が邪魔をしていたが、そう聞こえた。針という姓なのだろうか。それなら1人だけそんな人を知っている。それともあまり耳慣れないが、水晶やガラスを意味する玻璃という名なのだろうか。後者だとしたら少女の透明感には打ってつけだと思ったが、それ以上質問を重ねることはできなかった。少女が拒んでいた。
「それじゃ、またどこかで」
 彼は自分でも間の抜けたことを言ってしまったと後悔したが、少女はそれには反応することなく、彼の傍らを擦り抜けて川沿いの遊歩道をゆっくりと歩き去った。すれ違ったとき、微かに少女の香りが漂ったような気がした。それは女性とすれ違ったときによく経験する種類の芳香ではなく、いつかどこかで匂ったことのある、懐かしい香りだったような気がした。
 遠ざかる少女の後ろ姿を見つめながら、追っても意味はないんだろうなと彼は思った。宇宙の普遍の定理のように、少女が彼を支配していた。
「でも、約束はしたからね」
 彼が幾分自嘲的に呟いたとき、少女の姿は林の向こうに消えていった。 

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

幸せな作家

絶賛連載中(ウソ)の『淋しい生き物たち-少女の欲しかった日』を、
全文配信した人たちの中で、最初に読了された方からの感想が届いた。

もちろんそれは
一定の社会規範や社交辞令やいろんなものをてんこ盛りにした結果だとは思うけど、
ちょっと衝撃を受けるほどの長文で、
作者がかゆいかどうかもわかっていないところにまで手の届く、
とんでもない書評だった。

謹んでここに全文を紹介したい、
ところだけど、
少々ネタバレもありますので、
極めて残念ですが、
連載が終わるまで我慢します。

実は書評子はよくここにも登場する「旅の達人」で、
ぼくの旅のスペシャルアドバイザリースタッフ、
いやパースン。
他にそんな人はいない。

飲み屋で知り合った彼が極力客観的に書いたという書評に、
あり余る友情と、類まれなるやさしさと、知的に遊ぶ人の豊かさを感じた。

こんなものを書かれてしまったら小市民は舞い上がってしまい、
まだの人は今からでも読んだ方がいいよ、なんて。

達人、心からの感謝を。

それから、毎日連載の盛り上げ役のようなコメントをくれるひでさんとか、
甘口辛口とりあわせて鋭いメールを届けてくれる浜路さんとか、
そのほかにも多分3~4人くらい、サイレントリーダーがいる。

どの関わり方もそれぞれに、ホントにうれしい。
ありがとうございます。

本来報われるべき筋でない行為に、
あなたは報いを与えてくれています。
本当にありがとう!




淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第11話

 次の日は一転してきれいに晴れ渡った。雨に洗われた由布岳の緑を見ながら、あちこちに立ち上る湯煙を眺めながら、駅までの戻り道は気分が浮き立つほど快かったので、その分、駅近くの雑踏に戻っていくのは気が重かった。
 湯布院から日田行きの各停に乗って天ヶ瀬へ向かった。そこには別府、湯布院と並んで三大名湯と言われる温泉が湧いており、趣きのある温泉街になっているということを、昨夜ウェブで知ったのだ。由布院から列車に乗って1時間ほどの旅だったが、途中ひとつひとつの駅舎に味わいがあり、車窓の景色は天ヶ瀬に近づくほど渓谷美を増し、彼の心を惹いて止まない清流が顔を覗かせて、未知の温泉町への期待が高まっていった。

 天ヶ瀬の駅はここにあの有名な特急が停まるということが信じられないほど小さかったし、降りたのは彼ひとりだけだった。駅舎にあった案内所に行くと、きれいな女性スタッフが地図を広げ、まず左手に歩いて滝を見てから逆方向に川沿いを歩けば川に面した露天風呂が点在していると言う。夕方から開くところもあるが、この時間でも3つの湯に入ることができると教える彼女の表情からは、この町を愛している人なのだということが伝わってきて快かった。
 駅舎を出ると国道が走っていて、その向こうに川は見えたが、建物も疎らなただのうらぶれた駅前だった。三大名湯と言われても著名な別府や湯布院とは比べようもなかったが、そういう場所の方が彼の好みには合っていた。
 彼は案内所の女性に好感を持ったけれど、彼女の教えに逆らって滝は後に回し、先に川湯を味わうことにした。右手に歩いて行くと、少なからずくすんだ大きめの宿泊施設が軒を連ねていた。かつてはそれなりに栄えた温泉街だったのだろうし、地元の人たちにとってこの現状は決して喜ぶべきことではなかったのだろうが、彼には今の天ヶ瀬温泉が好ましかった。歩いているのは彼だけだった。
 すぐ目の前の釣り人と言葉を交わすことができそうな、石で囲われた河原の小さな露天風呂は入浴者の都合などほとんど無視して開放感にあふれていた。彼は薬師湯、神田湯とはしごをする。もちろん、貸し切り温泉記録は続いていた。
 もう少し足を延ばしてみようと、汗を拭きながら向こうに見える橋のたもとまで歩いて行くと、近くの民家から高齢の女性が出てきて彼に声をかけた。
「何ばしよっと?」
「川湯に入りに来たんです。凄くいいところですね」
 老婆は彼の言葉を聞き流しながら、石鹸を持っているかと何度も訊いた。田舎町の老婆は大抵やさしい。
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 駅前まで戻り、最後に入った駅前温泉はこれまでのふたつと比べれば入浴者を気遣った施設で、粗末だが瓦ぶきを模した屋根の建物もあり、広い湯船はやはり川面に接していたが、対岸には木々が鬱蒼と茂っていて建物はなく、混浴ではあるものの外からの視線を気にする必要はなかった。当然貸し切り記録は続くものと思っていたが、浴槽には彼と同年配の男性がひとり浸かっていた。海坊主のようにつるつるの頭部が見えた。
 声をかけると岩国の人で、かなりの温泉好きらしく、全国を回っているが中でも天ヶ瀬が気に入って通っているのだと言った。別府より湯布院より絶対にこっちがいいと意気投合し、由布院では唯一下ん湯だとまた共鳴し合い、昨年訪ねた草津が気に入ったという話をすると、大きく頷きながら、「あそこは回り切れなかったのでまた行きたい」と即答した。人の群がる温泉施設の話ではない。日本一有名と言っていいかもしれない草津温泉には、ほとんどの観光客が見向きもしない、小さくて素っ気ない、けれども詩情溢れる無料の外湯が数えきれないほどあるのだ。彼ももちろん回りきることなどできていなかったが、草津の共同浴場の味わいを誰かと無条件に共有できたことが嬉しかった。
 問われて彼が照れながら当てのない旅をしていること吐露すると、海坊主は薩摩硫黄島と天草を薦めた。
 二桁を超えていた温泉の連続貸し切り記録は海坊主によって断ち切られたが、それに文句は全くなかった。

 今日は暑かった。川湯めぐりで喉も乾ききっていたし、近くにあった粗末な食堂に入って、ビールを注文し、簡単な食事をした。
「ざる蕎麦できますか?」
「申し訳なかばってん、うちはうどん屋たい」
「じゃ、ざるうどんは?」
「なかよぉ」
「冷麺は?」
「ないもんばっかり言うとじゃねぇ」
 飾り気のない女将さんとの会話が楽しかった。
 天ヶ瀬の最後に、案内所の美女が推していた桜滝を訪ねた。国道を山側に逸れて短いトンネルをくぐると簡素な公園と四阿(あずまや)があり、その先の遊歩道を川沿いに奥へ進んでいくと、流れ落ちる水の音が聞こえてきて、予想外に立派な滝の姿が林の間に見え隠れした。彼の顔がやんわりと緩み始める。彼は何より水が好きだったのだ。おまけに人の影など一切ない。
 桜滝の全貌を目指して自然に急ぎ足になり、そこまで辿り着いたとき、緩んでいた彼の表情は急に強張った。
 滝壺の前に、4日ぶりに姿を現わした、セーラー服の少女が立ち尽くしていたからだ。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第10話

 翌朝、5時過ぎに目が覚めてしまい、それから起きているのか寝ているのか曖昧な状態で7時過ぎまでベッドにいた。何か大切な夢を見たような感覚があったのだが、どんな夢だったのか思い出すことはできなかった。けれどもその思い出せない夢が何故かこびりついたように気になった。少女の夢だったのだろうかと考えてみたが、やはり思い出すことはできない。
 空には重い雲が垂れ込めている。ホテルのレストランで朝食を摂っている間に本降りになった。昨夜、彼はそれほど知名度が上がる前から一度行ってみたいと思っていた湯布院を訪ねることに決めていた。

 湯布院の駅は風情もなく新しかった。多くの人が降りた。彼は案内所に寄ってから傘を差して金鱗湖への道を歩いたが、その道はこれまでに滞在した町のどこよりも混雑していた。大半は東洋系の外国人だったが欧米人も目につく。道沿いには若い女性がお決まりの歓声を挙げるような洒落た店や凝った店がこれでもかというほど並んでいたが、彼には全く興味がなかったし、彼はここでは見事に場違いだった。観光化の波に洗われて情緒がなくなっているとは聞いていたが、ずっと訪ねてみたいと思っていた湯布院はこんなところだったのか。執拗な雨空も災いしてか、彼は大きな失望を感じていた。
 無毒ではあるが目障りなクラゲが大発生している海を泳ぐように、彼は行き交う人をかわしながら金鱗湖まで歩いた。小川には彼の好きな梅花藻(ばいかも)の花がちらほら咲いていたが、清流と呼べるほどの流れではなかったし、金鱗湖にしても特に魅力のあるものには見えなかった。
 いくつかの温泉施設があったが、九州に住む旅好きの友人から聞いていた「下ん湯(したんゆ)」を探した。少し苦労したが、金鱗湖を左手に少し回りこんだところ、人波が大きな斧で断ち切られたように途切れた辺りに茅葺屋根の古民家のような建物があった。入ってみると脱衣場の仕切りもなく、目の前にふたつの浴槽が前後してあった。外側は露天で、太い梁や壁、脱衣棚など全て古い木肌を見せている屋内からそちらに目をやれば、小さな名画座のそれよりも大きなスクリーンのように壁が切り取られていて、そこには過剰に手の入っていない庭と森が映されている。電灯もなく暗い手前の浴槽の微かにゆらいだ湯面にはそのスクリーンがゆらゆらと投影されている。とうの昔に忘れていた子守唄を聞かされるような空間だった。先ほどまでの浮ついた喧噪が嘘のように消えている。
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 残念ながらここがどれほど快適な空間であったとしても女性には入ることが憚られるだろう。男性に生まれてよかったと思いながら彼は湯船に身を委ねる。湯はぬるめで、コンパクトではあるのだが絶景としか言えない眺めに溶け込みながら、彼はこれならいつまででも入っていられると思った。
 露天の浴槽で小雨を心地よく受け、屋内の浴槽からスクリーンを眺め、どれほどの間、そうしていただろうか。韓国人と思しき若い女性が入り口から浴室を覗き込み、彼の裸体を見て小さな悲鳴とともに逃げて行ったのを潮に、ようやく彼は引き上げることにした。別府で入ったいくつかの温泉から貸し切り状態が続いている。
 入るときに料金を払うのを忘れていたので外に出て料金箱を探したら、酷く錆びついた太めの鉄パイプのような、高さ1メートル余りの棒が立っていた。頭の方にコインを入れるための穴が切ってあり、棒の後ろに「1人につき200円」という、これもずいぶん年を経たような札が掲げられている。200円の至福。
 しかしその棒はどう見ても料金が回収できそうなつくりには見えなかったし、コインを落としても何の音も返ってこなかった。

 予約していた宿には駅から30分以上歩かなければならなかったが、雑踏を離れ、県道から外れると同じ湯布院とは思えないほど静かな佇まいの村に入り、遠くに由布岳を望みながらこれが本来の湯布院なのだろうと思える野道を彼は辿った。森を縫いながらの上り坂は少々きつかったが、雨さえしのついていなければ極上のハイキングコースと言ってよい。湯布院の宿はレートが高く、料金を優先して選択した宿だったが、この「裏由布院」と出会えたことで、いい選択だったと彼は思った。宿の温泉に2度入ったが、ここでも2度とも貸し切りだった。
 帰る日の決まっていない旅は1週間を経過した。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

ふるさと消失

そろそろメダカたちを放流してもいいころかな?

ホントならそーこーやプリンちゃんがいるとき、
彼らに放流させてあげたかったのに、
それも今は叶わない。

メダカのエサになる水の中の微生物たちは増えて来たかな?
って、見に行ったら、
ええっ!
こんなことになってる!

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うそー!
つい先日までこうだったよ。

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そーこーやプリンちゃんのお気に入りの場所でもあったのに。
                 
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これもコロナのせい?
この連休には気温も上がるって言ってたし、
子どもたちが集まらないように給水を止めちゃった?

うーん、メダカたちの故郷がなくなってしまった。
どうしようかな。

って、放流したあとじゃなくてよかったか。

ぼくが放流したメダカを子どもたちが追いかけてるシーン、
早く見たいなぁ・・・・。

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第9話

 翌朝、誇り高きホテル人の、微かでやわらかい笑顔と丁重な言葉に見送られてホテルを出た。それにしても彼女の勤務時間は長すぎるのではないだろうか。
 下関から門司まで関門トンネルを歩いて渡ったのは一昨年だったが、当然のことながら列車で走れば束の間だった。
 山陰線が京都から幡生までだと知ったのと同じときに、山陽線が神戸から門司までだということも彼は知ったのだが、幡生と門司の間に下関が挟まれていて3つの駅は並んでいる。彼の勝手な感覚からすれば山陰線も山陽線も起結の収まりが少々悪いように思える。すぐに小倉に着いた。
 小倉から中津を経て別府へ向かった。別府の駅前は彼の記憶を全く呼び覚ますことがなかった。前に訪れたのは30年も昔、高校生のときだったのだから記憶が薄れていて当然かもしれないし、その間に駅前がずいぶん変わってしまったのかもしれないし、修学旅行はバスの旅だったので、そもそも駅前など通らなかったのかもしれない。そこには今、どんよりと滞ったような空気が漂っている。
 端の方のスペースにセーラー服が見えた。けれどもそれは男子学生たちとともに整列している高校生の団体だった。
 今朝予約を入れた、駅から徒歩1分という宿に荷物を預けに行くと看板に偽りはなく、本当に1分で到着したが、これ以上古くはできないというほど古いビジネスホテルだった。フロントには「只今館内巡回中」の立て札が立っていたので、荷物を預けるのは諦めて観光案内所に行き、付近図をもらって地獄めぐりのバスツアーを予約した。残りがたった2席だったらしく、男性スタッフが「ホームスティール並みのラッキーですよ。きっといい旅になります」と自分が何かのくじにでも当選したかのような表情で言った。
 地獄めぐりのバスはフロントの屋根の辺りに鬼の角を生やしていた。
 いくつかの場所で彼は期待通り、修学旅行のとき目にした風景と懐かしく再会したが、それぞれの地獄に添えられた鬼や大きな釜の安っぽい造り物、それに温熱を利用して飼育されているワニだのピラニアだの、彼には子ども騙しとしか思えない付帯設備が彼の興趣にいちいち水をかけた。その昔、青臭い高校生だった彼はまだ子どもだったから、まんまと騙されていたわけだ。彼は少しばかり失望しながら地獄めぐりを終えた。
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 夕方、宿に戻って最上階の展望温泉に入った。もちろんレトロと言っていいほどの古い浴室だったが、確かに高崎山を背景に市街が一望できた。
 別府温泉は源泉の湯温が47度と高く、その昔は熱くて入れないと観光客から苦情が殺到したそうだが、一方地元民は47度でないと入った気にならないと譲らない。そこであつ湯とぬる湯、外湯と内湯の併設が行われるようになったのだと、ツアーのバスガイドが言っていた。宿の温泉は当然ぬる湯だったが、蛇口の湯はとんでもなく熱く、水の蛇口をひねってもなかなかぬるくならなかった。  
ありがたいことに貸し切り状態だったのでゆっくり浸かったあと、彼は食事を摂りに出かけた。駅前にはフランチャイズか観光客向けの派手な看板しか見当たらなかったので、古い市場に近いひっそりとした食事処を見つけてそこに入った。客もほとんどおらず、静かな店内に調理場の中の老夫婦と若夫婦のさりげない会話が漏れ聞こえてくる。彼の好きな九州方言のやりとりに家族仲のよさがにじみ出ていて、彼はずっと以前に観た小津安二郎の映画を思い起こしていた。
 投宿したホテルには同じく駅から数分の範囲にふたつの姉妹ホテルがあり、そのホテルの温泉にも無料で入ることができるという話だった。食事を終えて付近図を見ながらどちらにしようかと思案する。それほど温泉に貪欲な方ではなかったのでどちらか一方でいいと思っていたのだが西の国は日が長く、宵闇に急かされることがなかったので結局どちらのホテルの温泉にも足を運ぶことになった。ふたつとも貸し切りだった。
 それにしてもこのふたつのホテルでは、彼が宿の名前を言っただけで何を確認されることもなく招き入れられ、浴場の場所を教えられた。都会なら悪いことを考える人間もいるかもしれない。都会から来る観光客だって怪しいものだが、豊かな湯量を誇る別府では温泉になど誰がどう入ったところでそう頓着すべきことではないのかもしれない。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】


淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第8話

 翌朝は早くにアラームをセットしていた。下関まで行くつもりだったのだが、単線である山陰線は不便なせいか、アプリを使って路線検索をするとすぐに便の良い山陽線に乗せようとする。京都駅を出るとき、山陰線をキープしようと決めたのはただの気まぐれか思いつきで、固い決意でも何でもなかったのだが、単線をコトコトと島根まで乗り継いできて、今さら山陽線に乗るのはおもしろくなかった。もっと旅や鉄道の知識があれば難しいことではなかったのかもしれないが、彼が苦労して見つけたのは早朝に浜田を発ち、益田、長門を経由して下関に至る方法だったのだ。
 下関には昼過ぎに着き、山陰線を走破したことに小さな満足感を覚えた。けれども彼は、山陰本線が京都駅から、下関のひとつ手前の幡生(はたぶ)駅までであったことをまだ知らなかったのだ。もちろんそれでも彼が山陰線を制覇したことに変わりはなかったのだが、あとになってそのことを知った彼は、それなら幡生駅で降りてみたかったし、せめて車中からでも感慨を込めて駅の様子を眺めておきたかったと、悔しく思ったのだった。
 下関には何度か来たことがあり、ごく近い過去にも訪れていたので、行くべきところもなかった。けれども彼はのんびりと港の方へ歩いてみる。人の流れのない方へ、人の気配のない方へ、当てもなくただ歩き続けた。歩けば歩くほど、自分が何を求めて歩き続けているのかということを、彼は認めざるを得なくなっていく。
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 夕方になり、古くくたびれたビジネスホテルに入った。フロントでは男性か女性かにわかに判断しがたいベテランスタッフが彼を迎えた。声を聞いても性別の判断はつかなかった。安宿にふさわしい親しみも愛想もなかったが、如何にもホテル人らしく白いシャツにネクタイを結び、黒のベストをまとったその人に彼は好感を抱いた。安宿にありながら、誇り高い、という言葉がぴったりだと思えたからだ。
 駅前の大衆食堂で夕食を食べた。彼は旅先で大衆食堂に入るのが好きだったので、駅を出たときに見つけたこの店に入ろうと決めていた。間違いはなかった。地元の気のいい年寄りたちが居酒屋代わりに愛用している店、自分の形を持っている旅人だけが立ち寄る店、それらの客たちを手際よく心地よくさばいているひと昔もふた昔も前の看板娘。申し分はなかった。
 ほろ酔いで宿に戻ると、あの性別不詳のスタッフが、「お帰りなさいませ」と微かな笑みを浮かべて出迎え、そのやわらかさからようやく女性だということがわかった。彼女からはやはり誇り高いホテル人の空気を感じた。
 悪くなかった。下関の夜も悪くはなかったのだが、決定的に欠け落ちているものがあった。彼の帰る日の決まっていない旅は4日目を迎えていたが、下関にもあの少女はいなかった。今日初めて、あの少女が姿を現わさなかったのだ。    

 昨夜、彼は眠れないままにあれこれ考えを巡らせていた。本州の端までやって来た。当然関門海峡を渡ることになるが、そこから福岡経由で西海岸を南下して行くか、東海岸を宮崎へ向かってみるか、あるいは・・・・。下関にもう一泊してもいいかと考え、彼は慌ててその閃きを打ち消した。この下関に訪ねるべき場所があるわけでもないのに、どうして留まる必要があるのか。一体何を待つというのか。自分は長年の夢を叶えるためにただ西へ南へ向かって流れる旅に出たのだ。他に目的はない。なかったはずなのに、まるで平和なアヒルの家族に醜い白鳥の子が生まれ落ちたみたいに、何か異質なものが紛れ込んで来て、彼の簡潔性に満ちた旅を掻き回し始めている。自分の思うままに、好き勝手に流れていたいのに、別の何かの要素に支配されるなど真っ平だ。彼は断ち切るように、別府に行ってみようと決めた。高校の修学旅行で地獄めぐりをしたことが印象に残っていた。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第7話

 もしかしたらさっきの萌えキャラたちに触発されていたのだろうか、彼の中には「やっぱり来たか」という思いが浮かんだ。もちろん不気味にも感じた。まるで古い大きな屋敷の中で座敷童にでも出くわしたみたいに。
 またも後ろ姿だった。けれども距離が近かった。それはもうあのカウンターの少女だとはっきりわかった。偶然とか思い過ごしとかそういう話ではない。形而上学的な話か超常現象か、その方面のことに彼は興味がなかったので説明などつけようはなかったが、明らかに少女は自分を追いかけてきている。追っているかどうかはわからないが、少なくとも何かの意図を持って自分と場を共有しようとしている。
 彼は肌が少し粟立つのを覚えながら、少女の後ろ姿を凝視していた。何故か彼女がいきなり振り返るようなことはないと確信していた。あの居酒屋で初めて見かけたときと同じように、この世の誰とのコンタクトも求めていないような、あるいはできないような、孤高の空気を少女が放っていたからだ。まるで漆黒の闇に浮かぶ細い月のように。
 見つめながら彼は迷っていた。10歩も進めば声をかけることのできるレンジに入る。唐突に子どものころ、蝶を追いかけて山に入ったときの感覚が蘇った。竿を継いで長く伸ばした網でも到底届くことのない、高い空を飛び回っていたアサギマダラがふいに舞い降りてきて低木にとまり、翅(はね)を広げて静止する。すぐに飛び立ちはしないということだ。呼吸を止めてにじり寄り、射程に入れば捕獲することができる。
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 けれどもその採集という行為は目的も過程も結果も全てがドミノ倒しのようにシンプルだ。今は違う。目の前の少女を捕捉すべきなのかすべきでないのか、捕捉したいのかしたくないのか、捕捉したとしてその結果はどう転ぶのか、全てが波に翻弄される藻屑のように不確かなのだ。
 1分か、あるいは5分だっただろうか、彼はまんじりともせずに少女を見つめていた。少女は動かない。彼も動かない。
 宇宙全体が時を止めたかのように閉じられた空白を破って、しかし彼は少女にまた背中を向け、来た道を引き返し始める。
 何が起こっているのか全くわからなかったが、少女が意図を持って場を共有しようとしているのなら、ここで捕捉しなくても必ず次の機会があるはずだ。それならファーストコンタクトは今ではない。自分にはまだ準備が整っていない。そう思った。
 彼は、この事態をうまく受け止めることができずにいたし、まだ少女と接触するのが怖かったのだ。

 倉吉駅に戻って快速に乗り、米子を経由して浜田に着いた。浜田の町は予想通りかそれ以上に、駅前も目抜き通りもいっそ素敵に思えるほど寂れていた。安宿は駅からずいぶん遠かったが、洗濯機も乾燥機も無料だったので洗濯を済ませ、また長い距離を歩いて駅前商店街まで戻り、観光客が選ばないような店に入って名物ののどぐろ飯を食べた。安くはなかったが、とんでもなく美味だった。コンビニで買い物をし、長い道を歩いて宿に戻った。それだけだった。
 寂れた浜田の町の雰囲気は彼には好ましかったけれど、浜田には少女は現れなかった。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、実在のものとは一切無関係です。】

淋しい生き物たち - 少女の欲しかった日 第6話

 夕方遅く、倉吉に着いた。彼は倉吉には初めて降り立ったが、それなりに都会なのだろうと勝手に思い描いていたイメージからすればここも慎ましやかな駅だった。よそよそしさのない分、足は踏み入れやすいのだが、山陰の町はどこも水やりを忘れた鉢植えのようだ。
ずっと昔に、山陽、山陰という呼称が問題視されたことがあった。大ざっぱに言えば「陰」はネガティブな印象を喚起するのでよろしくないという要旨で、「北陽地方」「北中国地方」などさまざまな新しい呼称が提案されたが、結局どれも実ることはなく、いつの間にか「陰」を払拭しようという動きも立ち消えてしまったように思う。それが諦めからではなく、開き直りから来るものだったらいいのだがと彼は思った。
 鳥取からの移動中にネットで予約した駅近の安宿に入り、趣きのある飲み屋を模索したが見当たらず、目に付いた適当な居酒屋で夕食を摂った。店に入るとき、一抹の不安のような期待のような、模糊とした思いがよぎったのだが、この店の客席は障子やシェイドで簡単な個室風に仕切られていて、彼は人目に触れることのないテーブルにひとりでつくことになった。もちろんそんな個室の障子をセーラー服の少女がいきなり開けて入ってくることはなかった。

 次の日、朝から彼は観光案内所で薦められた白壁土蔵群をバスで訪ねた。そこには赤瓦に白い漆喰の壁といった江戸時代の建物が並んでいた。けれどもそうした土蔵に現代的な住居が隣り合わせていたりして、それも自然な時の流れには違いないのだろうが、勝手な観光客である彼はそんな同居に少し物足りなさを感じた。
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 この町にはそこここに、カウンターの少女を見かけたときに想起した萌えキャラの等身大パネルが立っていた。由緒ある酒蔵の格子戸の向こう側で、地元飯を売りにした飲食店の幟(のぼり)の隣で、長い年月あまり姿を変えることがなかったに違いない雑貨店兼土産物店の商品の間で、奔放に、おしとやかに、ミステリアスに、艶やかに、萌えキャラたちが微笑みを投げかけている。ミスマッチとも思えたが、このパネルたちはアニメの登場人物らしく、音楽で鄙びた町を活性化させようと立ち上がったガールズバンドのメンバーだった。倉吉市の観光大使でもあった。倉吉も決して活気に満ちているようには思えなかったし、その町興しのために町興しアニメとコラボするというのはなかなか今風でよくできた話だと思った。そして、ここにならあのセーラー服の少女が立っていても居酒屋や砂丘よりはずっと違和感がないかもしれないとも。
 どこの誰かもわからない、もちろん名前や年齢その他一切の情報もない、何かのふれあいがあったわけでもない、面差しさえ横顔しか知らない、そんなひとりの少女がいつのまにか彼の脳裏にまとわりついている。
 白壁の町をひとわたり巡り、町歩き地図の端っこにあった打吹公園を彼は目指した。
 観光名所である土蔵群でさえ人影が多かったとは言えないのに、町外れの公園に人がいるはずもなかった。園内を歩けば緑が深く、懐も深い公園だったので彼は気持ちを和ませていたが、林道を抜けて少し開けたスペースに、地面を掘り下げ、コンクリートで周囲を固めた猿山があり、その猿山を、セーラー服の少女が見下ろしていた。ふぅ。

【作中に登場する人物、地名、団体等にモデルはありますが、
実在のものとは一切無関係です。】

おめでとう、心から

今日は下の娘、サッペの誕生日。
なんともう、〇歳(一応伏せておく)になったんだねぇ。

エイリアンサッペと呼んでいた、
(保育園のときは年長の男の子ばっかり襲撃していた)
とんでもなくやんちゃだったサッペも
いいお母さんになった。

親バカながら、
サッペはいつもいつもがんばっていて、
ろくでもない父親を大切に思ってくれている。

だからそーこーもいい子に育ってる。

便利な世の中で、
誰よりも早くお祝いの言葉を届けたかったから、
長い手紙をサッペに書き送った。

ぼくのところに生まれてきてくれたありがとう。
あなたがいてくれるからぼくは幸せです。

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